クラウドワークの参加継続意向に影響を与える要因の分析 ─職業による社会関係性の代理変数を用いた推計─


東京大学大学院 学際情報学府 社会情報学コース修士2年の藤野朝咲です.

この投稿では, 私の修士研究についてご報告します. 


私は自律的な就業形態であるクラウドワークを事例に, 参加継続意向に影響を与える要因

明らかにすることを目的として, 計量経済学における推計の手法を用いて分析を行いました. 


目的と背景

端緒は, 個人の自律的な活動の参加を促進する操作可能な介入のあり方はどのようなものか?という疑問です.

一見すると「自律」のための「介入」というと逆説的に思えます. しかし, プラットフォーム論において

制約を提供することによって, つながりや協働を生み出すプラットフォーム設計(デザイン)を指摘した

Baldwin and Clark (2000)の研究に見られるように, 創発的な相互作用に向けた外部からの介入を検討することに

学術的な意義が認められています.


そのため修士研究において, 自律を支援する手立てを明らかにすることで

自律的な活動のためのプラットフォームデザインの検討に貢献することを目指します. 


さて, 自律的な活動というと何を思い浮かべるでしょうか?


ボランティア, プロボノ活動, そしてオープンソースコミュニティの活動…

クラウドワークやフリーランスといった就業…


例えば, 図1は東京都の依頼を受けて一般社団法人コード・フォー・ジャパンのプロボノワーカーにより構築され, 短期間で公開に至った新型コロナウイルス感染症対策サイトです.


また, 2022年に始まったウクライナ侵攻による戦災を可視化, 継承することを目的に, ウクライナ現地の個人と協働しデジタルアーカイブを行なう取り組みは, 渡邉英徳先生のプロジェクトのひとつです(図2).


さらに就業の例に目を向けると, 単一組織に所属し専属的に働くだけでなく個人として兼業・副業で働く場面が増えており, クラウドワークやフリーランスとしての就業形態の広がりが見られます.




これらは従来の制度組織ではなく, 「自律・分散・協調」を前提とした目的別組織において行なわれる活動です.


情報通信技術の進展, COVID-19を背景に, 個人と組織の関係性にゆらぎが生じるなかで, 前述の具体例からも見受けられるように自律的な活動は個人の単位で社会に関わるための具体策であり, 社会からの要請も高まっているといえます.

加えて, こうした活動への参加は個人に委ねられている反面, 終えることも個人に依存する, という限界があります.


こうした背景にもとづき, 修士研究では社会経済に直結するにも拘わらず, 期間限定性と流動性が高く, 

個人に参加継続性が依存しているクラウドワークを事例として, その参加継続意向の分析を行ないました.


手法

クラウドワークの参加継続意向の要因を分析した先行研究は数多く累積しています. 

用いられている変数に着目すると, 下記のA-Cのように大別できます(図3).

 

A-1. 就業要件やワーカー属性に関する個人要因変数

A-2. 動機理論にもとづく参加動機要因変数 

B. クラウドワークの環境要因変数

C. クラウドワーク実施状況における個人の認知態度要因変数(例:満足感、自己効用感、認知的公正感等)


これらの変数を就業の時系列に沿って整理することで,  既存研究の空隙となる要因変数を確認し(図4),

以下の方針にもとづき既存研究の変数に加えて, 新たな要因変数として「職業特性による変数」を設定*しました.

この要因変数の作成が本研究の新規性・独自性であり, 最も苦労した部分です. 


* 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)作成「職業情報データベース 簡易版数値系ダウンロードデータ version 3.00」を使用




<新たに設定する要因変数の検討方針>

・就業期間中を通じて発揮される要因変数

・特定のクラウドワークのプラットフォームに限定せず, 一般化できる要因

・個人に起因する要因変数


分析にあたって全国男女20歳以上59歳以下のクラウドワーク利用者(専業, 副業, 過去利用者も含む)にアンケート調査を実施し, 929件のデータを用いて推計を実施しました.



結果と結論

推計の結果として, 5年先にクラウドワークという就業形態を継続したいかという意向を被説明変数とする分析から, 

8つの要因が参加継続意向に影響を及ぼすことが明らかになりました(表1).

なかでもクラウドワークにおける社会関係性の代理変数に関しては, 以下2点が明らかになりました. 

  1. 参加動機要因:起業家的創造性が強いほど, 参加継続意向が向上
  2. 職業特性要因:組織管理調整, ビジネスコミュニケーションの程度が高いほど, 参加継続意向が低下
本研究ではアンケート調査の質問票の設計, 事例の範囲, 分析手法等に限界があるものの, 研究成果は個人の自律的な就業ひいては自律的な活動における参加継続性の促進に向けたプラットフォームデザインの一助になると考えられます。

今後の展開としては, 事例の範囲を拡大し, 個人の自律性と活動の継続性がより強く求められる価値創造活動を

ユースケースとして定量, 定性分析を行ないたいと考えています.


おわりに

本研究は渡邉英徳先生のご指導, また渡邉研究室メンバーのご助言なくして実現することはできませんでした.

この場を借りて, 心より御礼申し上げます. 

温かくも鋭いお言葉に励まされながら, アカデミアでの経験を積むことができました.


渡邉研究室では, 多様な観点から学生が研究をしておりますが, 

「個人の内面に目を向けながら, それをコミュニティ, ひいては社会に広く波及させるための情報のあり方」

という視点は, 研究室全体の共通点であると感じています. 


素晴らしい環境に身を置けたことに感謝し, 今後の研究にもしっかりと向き合って

取り組みを進めていきたいと思います.


2023年2月 藤野朝咲


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参考文献

Baldwin, Carliss Y. and Kim B. Clark, "Design Rules, Volume 1 : The Power of Modularity," The MIT Press, 2000. (安藤晴彦訳 『デザイン・ルール─モジュール化パワー』 東洋経済新報社, 2004年)


参考WEBサイト

一般社団法人コード・フォー・ジャパン. “Code for Japan” . https://www.code4japan.org/, (参照 2022-12-24)

厚生労働省. “「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」”. 2022. https://shigoto.mhlw.go.jp/User/download, (参照 2023-1-2)

東京都. “新型コロナウイルス感染症対策サイト” . https://stopCOVID-19.metro.tokyo.lg.jp/, (参照 2022-12-24)

読売新聞オンライン. “ウクライナ 戦時下の復興 キーウ近郊からの報告” . 2022. https://www.yomiuri.co.jp/world/ukraine-reconstruction/, (参照 2022-12-24)


以上