高分解能SAR衛星画像で見るウクライナ・マリウポリの被害

© 東京大学 / Original Image © NEC Corporation

 こんにちは、先端科学技術研究センター交流研究生(東京工業大学大学院修士課程1年)の指原佑佳(さしはらゆうか)です。2022年2月24日のウクライナ侵攻開始から2年がたちました。激戦地となった東部マリウポリの様子を、高分解能のSAR衛星画像で見てみました。

マップサイトはこちら:Destruction of Mariupol seen from SAR satellite imagery(英語)


マリウポリの激戦

黒海に面している「要衝」にあたるマリウポリでは、2022年3月頃から5月20日にかけて戦闘が激化し、産科などが入る病院や市民数百人が避難していた劇場などが攻撃を受けました。今回は、高分解能SAR衛星画像で得られた期間について、変化状況を観察しました。

SAR衛星とは

衛星にはいくつか種類があります。普段見慣れた光学衛星(カメラと同じくRGBの光を捉えるもの)の他に、人間には見えない波長の光を捉えるものや、レーダー電波を出してセンサで捉える衛星があります。今回用いたのは、地表の形を読み取るSAR衛星というものです(合成開口レーダー, Synthetic Aperture Radar)特徴は以下の通りです:

  • 電波を発射し地上から跳ね返ってきた電波を観測する
  • 地表の形を読み取ることができる
  • 雲を貫通し、太陽のない夜でも地表を観測することができる。
SAR振幅画像では一般に,反射が強いと白く,弱いと黒く表されます.(グレースケール)表面が滑らかな海面では,マイクロ波が鏡面反射するため衛星への反射がほとんどなく,一方,陸地は粗いため強く反射されます。

今回用いたのは、NEC社のAsnaro-2というSAR衛星の画像です。解像度1 m、観測幅は10 kmです。
マリウポリ東部に着目し、観測日が2022/03/25と2022/07/01のものを使いました。

可視化手法

本手法では光の加色混合の原理を用います.光の加色混合においては,緑と青を混合すると水色となり,さらに赤を混合すると白になります.本解析では,2022/03/25の画像をシアンスケールに変換し,2022/07/01のものをレッドスケールに変換した後,前者と後者の画像を加色混合しています.

  • 赤:建物の中が見えるほど破壊されたり、がれきが生まれた場合(乱反射により散乱強度が強まった)
  • 青:人工物が破壊や移動でなくなった場合(散乱強度が弱まった)
  • 時期前後で変化がなければ,グレースケール(建造物の角など散乱強度が強いものは白、水や平面など弱いものは黒)

実際の被害は?

マリウポリについては、様々な種類のデータが被害を記録しています。本稿では、検証のために以下を使用します。

UNOSATの被害データ

国連機関であるUNOSATは、高分解能の光学衛星から人が判読した被害マップを公開している。本稿で使用したデータは、以下のように地域ごとに特定の日付時点で読み取られた被害データです。今回は主に2022/05/08と2022/05/07のデータを使いました。

UNOSATの被害データ

②World Imagery、Google earthのベースマップ

World Imageryは世界的に中~高分解能の光学衛星・航空写真を集めたプラットフォームである。今回は2022/10/4に撮影されたMaxarの画像(0.6m分解能)を用いました。

google mapも高分解能光学衛星を用いたベースマップを使用しており、定期的にベースマップが更新され誰でも見ることができます。使用した画像の観測日時は2022/05/09です。

③Geoconfirmed

Geoconfirmed


GeoconfirmedはボランティアがSNSなどで得られた動画/写真の位置を特定(geolocation)し、アーカイブしているプラットフォームです。表示されるものに、フェーク動画がある可能性を否定するものではありませんが、今回の被害特定のために参照しました。

④Planetscopeの光学衛星

被害検出の精度を比較するため、分解能3mの光学衛星であるplanetscopeを用いました。

結果と考察

・建造物への被害が赤色で検出されています。

ロシア軍の猛攻に数週間耐え抜き、ウクライナの抵抗の象徴となったAzovstal steel plant製鉄所は赤色に染まり、破壊が見て取れます。

© 東京大学 / Original Image © NEC Corporation


・SARに見える民家の被害も、UNOSATが判読した被害とおおむね重なっています。

© 東京大学 / Original Image © NEC Corporation

※SAR画像が2022/3/25と7/1の間の変化、UNOSATの点群が2022/5/8時点の被害を示している。

点として記載されていなくとものちに被害を受けた可能性があることに留意。点と一致しない検出箇所については、UNOSAT調査時点(5/8)と衛星撮影日(7/1)の間に受けた変化も含まれる


2023/10/4の状況は以下の通りです。実際に家が破壊されているのがわかります。

© World Imagery


・水色の部分は、3月から7月の間に存在したものを示唆しています。

例えば以下ではバリケードの存在を見てとることができます。


© 東京大学 / Original Image © NEC Corporation
光学衛星
(2022/05/09)から、車両を並べて作られたものとわかります。
Image © Google, Airbus 2024



・SNS動画にも映っている路上ブロックも検出されています。

Geoconfirmed上ではこの時期に投稿された動画の冒頭で、路上にブロック状のものが置かれていることが見て取れます。

元動画(X)

Ukraine - Geoconfirmed (リンク先左下の座標をクリックするとズームします)

© 東京大学 / Original Image © NEC Corporation


・分解能3m程度の光学衛星でもよく見えない変化をとらえた

赤色で見て取れる変化の見える箇所の一つを民間の光学衛星(PlanetScope)で確認しました。

ですがこうした工場レベルの変化であっても、分解能3m程度の光学衛星では変化の様子はうまく見えませんでした。これにより、高分解能SAR画像は分解能3m程度の光学衛星よりも被害検出に向いていることがわかりました。

planet stories-factory alleged change (画面中央)


・閾値マップ作成の試作

上記の画像に対し、閾値を用いて被害部分の抽出を試みました。

(手法参考:https://sorabatake.jp/28741/)

具体的な流れ:

①AOI設定(東部マリウポリの住宅地)

②pre<=post*5の値を抽出(try&errorで決定)

③クロージング処理(バッファ機能を用いた5mの拡大と-5mの縮小処理)

④微小ポリゴン(2m2以下)の削除

⑤植生は変化抽出に拾われやすいため、別途マルチスペクトルの衛星画像から植生指数を計算して作成した植生マップを重ねる

(EO-browserを使用しsentinel-2の画像からNDVI>0.5を抽出)


結果は以下の通りである。

※緑が植生、赤が被害検出部分、黄色い点がUNOSATの被害データ(5/8時点。大きい点がSevere damage/destroyedクラス、小さい点がmoderate damage)


・Severe damage/destroyedクラスよりも、moderate damageの方が本手法では検出できるという結果に。
大規模な被害の場合、建物が構造ごと崩れ、散乱強度が低くなるためだと推察されます。

全体の考察

・鳥瞰することで、変化しているところに気づきやすくなります

・高分解能SAR衛星画像の検出の精度は高分解能光学衛星には劣るが、中程度分解能の光学衛星には勝る。また、人間などの判別の工数はなくてすむので、自動的な検出には向いている。
・赤色は大きい被害より中程度の被害の検出に向いていると思われる。