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3年間の研究室生活を終えて

お久しぶりです。修士2年の高田健介です。

今春、Web系の企業に内定を頂き、渡邉研究室を卒業することになりました。なので、大学・大学院生活を振り返っての記事を書こうと思います。先生からのリクエストが「集大成で」ということだったので、長い上に多分に自分語りっぽい記事になりますが、ご容赦下さい(スタジオのブログでこれって大丈夫なのかちょっと不安ですが…)。

■渡邉研究室に来た理由

元々絵を描くこと、創作をすることが好きだったこともあり、進路として一番に考えていたのは「ゲーム制作者」でした。ちょうど大学の最寄り駅にゲーム開発会社があると知った自分は、学部3年の3月頃、その会社にポートフォリオを送り、アルバイトとして勤務を始めようとしていました。

しかし、会社から求められたのは平日の4日のフルタイム勤務。ツールの使い方も知らず、ほとんど見習いのような状態で入ったので当然だったのですが、これが研究室選びで大変な条件となりました。

それまで仮で所属していた研究室は、具体的な「モノ」を作る研究室。これに対して、ネットワーク研究室は「Webに結びついた何か」を作る研究室なので、毎日研究室にいなくてもゼミを取ることができるのではないか…。ということで先生に相談をし、渡邉研究室に入ることになりました。

文章にしてしまうと結構消極的な理由になりますね…。ただ、Webは中学・高校の頃から触れ、その独特な文化も好きで、サービスやサイト作りに自信があった、ということもあり、元々強い興味がある研究分野の一つでした。

研究室に入って以降の学部4年の間は、週4日ゲーム会社でデザイナーとして働き、残りの1日でゼミに出席、週末は課題をこなす、といった生活をしていました。

■卒業制作

学部4年の10月頃、アルバイトでゲームソフトを1本リリースし一段落したので、卒業制作にとりかかりました。ここで散々悩んだのがテーマ設定。一般的に卒業制作・論文に求められるのが、「社会的な意義のあるテーマを設けること」で、自己満足な表現が大好きだった自分は、この視点でものを考えることに不慣れでした。

散々迷ったのですが、まずは見識を広めるために、iPhoneを購入。当時のモバイル(スマートフォン)アプリの躍進は凄く(今もすごいですが)、色々なものを試し、興味を持てそうなものを探しました。

当時は「セカイカメラ」が出始めた頃で、位置情報・ARアプリ開発が活気づこうとしているところでした。それらをひと通り眺めてみて思ったことは「位置情報のコミュニティは、何か狭い」ということでした。

その時は、この感想をなかなか具体的な言葉に出来ませんでした。今考えるとおそらく、今いる場所の情報しか受け取れない「縛り」の設定がおかしいのではないか…ということだったのだと思います。

結果的に、その点を解決する方法として、「矢文」の概念を利用し「土地に向かって文(情報)を撃つ(投稿する)」インタラクションを用いた「E-YABUMi」を提案しました。ただ、アプリとしてのリリースは出来ず、不完全燃焼感を持ったまま、修士課程に進学することになります。

■修士過程へ進学、アースダイバー

修士課程進学当初はフォントづくりをするなど、テーマとは離れて適当に好きなことをやっていたのですが、夏あたりにかなり沢山のタスクを抱えることになります。

まずは「アースダイバーマップBis」。これは多摩美術大学・中沢新一研究室と共同制作で、「ブラタモリ」のような、東京の街歩きを楽しくするためのコンテンツとして制作したものです。

このプロジェクトでは、複数のタスクを抱える中でいかに自分のスケジュールを調整して制作を行うか、ということを学びました。と言っても当時は大したことをしていなかったので、自分の中で思うように制作が進まなかった部分もあり…、忙しい時期が終わってから思い返してみて、反省することによって学んだ、という感じでした。

それまでシングルタスク人間だった自分が、マルチタスク人間に少しだけなれたきっかけのプロジェクトだったと思います。(結果的に、多摩美術大学の方々がコンテンツとしての完成度を非常に高めて下さったので、とても良いプロジェクトとなりました。その節は色々とご迷惑をお掛けしましてすみませんでした。。。)

■ソーシャルゲームの制作

大学外の活動ですが、アルバイトでソーシャルゲームの制作も行いました。ソーシャルゲームは、近年盛んなモバイルアプリの中核とも言えます。一見ライトなアプリを作って効率良く収益を出しているように見えるのですが、実際に現場に入ってみて分かったのは、想像以上に大変なことが多いということでした。

個人的に一番挙げたい「大変なこと」は、「ユーザーのリクエストに応えつつもエンターテインメントとして面白くしないといけない」点でした。当時の体感的に、「リクエストに応える」と「面白くする」はかなり相反した概念で、適当な落とし所を見つけることに凄く苦労しました。その上、これを1週間や3日といった、かなりの短期間で実装しないといけないのです。これは凄く精神力の必要な仕事でした。

このソーシャルゲームのリリース後、大学の研究・制作などに集中し始めます。

■海外インターンシップ

修士1年の夏前、僕はインターンシップの事を考えていました。当初はアルバイト先であるゲーム会社にインターンシップとして行こうか、と考えていたのですが、それだと普段と変わらないので物足りなさを感じていました。

その時、先生がふと「海外に知り合いの勤めている会社があるけど、紹介しようか?」と声をかけてくださったのですが、当時僕は一度も海外に行った経験がなく、「旅行でも行ったことないのに、海外インターンなんて出来るわけがない」と思い込んでいました。

ただその後、無理かもしれないけど言うだけ言ってみるか、くらいの軽い気持ちで「お願いします」とお願いをしました。

これがなぜか上手いこと話が進み、アメリカ圏にある某社に行ける事になりました。

その会社は、ゲーム会社等からの出資を受けながら、「メタバース(例:Second Lifeなど。3Dになったインターネット空間、と言えば分かりやすいのかな)」を制作している会社で、日本人とアメリカ人が共同で働いていました。

現地で触れたプラットフォームは、それまでWebと言ったら、HTML5やWordPressといったごく狭い視野で物事を捉えていた自分にとって衝撃的なもので、かなりワクワクしました。(それまで、Second Lifeには触ったことがありましたが、いまいちピンとくる感じではありませんでした)

加えて、社員さんたちが働いている環境そのものが、僕にとって刺激的でした。こういう環境にデザイナーやプログラマーを置いたら、間違いなく沢山の人に支持されるものが作れるな、と直感的に思いました。

僕は現状、起業だとか独立だとかにそれほど興味がない状態ですが、将来的にもしそんな感じで食べていくことになったら、確実に色々真似をすると思います(笑)。

ここで体験した出来事は、多分一生忘れることはないと思います。それぐらい濃い時間を過ごすことができました。約2週間の滞在でしたが、この間に数年分の情報のインプットができたと思います。反省すべきは、滞在期間をもう少し長く設定すべきだったことくらいです。(当時お世話になった方々と、交通・滞在費を出してくれた大学に本当に感謝です。)

■東日本大震災、計画停電MAP

その夏でかなり完全燃焼してしまい、長いこと燃え尽きていたのですが、そんな気分を破ったのが2011年3月11日の東日本大震災でした。

あのただならぬ空気の中で2日間ほど、テレビの放送とtwitterに張り付き、その時の情報を追うだけに精神力を使って、それ以外何もできない状態が続いていました。

3月13日夜に計画停電が発表されると「これは、授業やアースダイバーでやった“マッピング”を使えばもっとわかりやすくなるのでは」と思いたち、その場にいた現修士1年の北原と一緒に「計画停電MAP」の制作を始めました。

これが幸運なことに沢山の方々からの協力を得られ、同種の地図をGoogleやYahoo!といった大手のWebポータルサイトよりも先に公開することが出来ました。

作っていた側から見ても突風のようにあらゆる事・時間が過ぎ去っていったプロジェクトでしたが、その時に下したいろいろな判断が間違っていなかったことを後で確認できたので、本当によかったと思います。

ただ、出来るならば、もっともっと困っている人たちにアプローチしたかった、というのは事実です。あの災害の規模を考えたら、PCで計画停電のエリアをチェック出来るだけ幸運な環境だったと思うので…。

この件に関しては修士論文でもまとめたので、後日詳細を文章にしたいと思います。

■就職活動

アルバイトで学んだことと、研究室で学んだこと、それぞれを共に今後に生かしたかったので、ゲーム会社とWeb関係の会社を軸に就職活動を進めました。

就職活動はかなり運の(ような)要素が強いと思うので、結果論でしか語れませんが、評価されやすかったポイントは、長期的な視野で物事を見ることができ、かつそのビジョンに対して自分なりにものが言えるかという所だったように思います。

「ツールが使える」「アルバイトをしていた」という局所的で実務的なところは、2次・3次面接に残るような人はほとんどの人が大なり小なり心得ていて、その評価はあくまで下地です。(比率は会社により違いますが…。)

実際に動いてみて、その体験をもとに自分のオリジナルで語れる部分があるか、そこに、自分の人格がうまい調子で出ているかどうか、という所が、面接官も聞いていて面白いのではないでしょうか。

結局、それなりに苦労はしたのですが、先に述べた視点での面接が自然にできた、Web関係の企業に内定を頂きました。

■ヒロシマ・アーカイブ

就職活動の前後で、ヒロシマ・アーカイブの制作も行なっていました。

アーカイブの制作は、とにかくミーティングの回数を重ね、アイコンの表現一つをとっても妥当性を議論して行なっていきました。

それまでは「制作」と言うと自分の手癖でモノを作り、表現を細部まで考えこまずに行なっていた部分があったのですが、このプロジェクトでは一つ一つの表現に細かく理由付けをし、議論を重ねることで、プロジェクト全体に対して洗練されたデザインが出来たと思います。

加えて、ヒロシマ・アーカイブの特徴は、実際に現地に足を運び取材をし、平和祈念資料館での発表を行うなど、Webだけでは終わらない「活動」としてプロジェクトを進行した所にあります。平和祈念資料館の発表の時に、被爆者の方から直接感想を頂く機会もありました。

Webばかりを見ていると、いつの間にかWebを中心として色々なものを見てしまうようになるのですが、それは全く逆で、実世界の問題を解決するための手段としてWebを使うべきだなと。このスタンスはおそらく恒久的だと思うので、新しいプロジェクトを立ち上げよう、となった時、ヒロシマ・アーカイブで行ったことを思い出して、自分の立ち位置をリセットしたいと思います。

受賞巡業(?)

最近僕が関わったプロジェクトは、ありがたいことにとても良い評価を受けています。授賞式や講演のお話が多くあり、先生に付いてここ半年ほど色々な場所に行き、色々な人と会っています。

その懇親会には、いつも色々な分野の面白い人、すごい人が集まっていて、どこかに行くたびに刺激をもらって帰ってきます。これがまた、次のプロジェクトや今後の自分のあり方について考える良い養分になっています。

僕はもう研究室を卒業してしまうので、刺激を受ける機会が減るのではと心配ですが、今後は自分からこういった場所に出向けるよう、企業に所属しながらも個人でもうまいこと活動していきたいと思います。今後の活動はwww.sou-sou.net(個人ページ)で報告していく予定です。

■これから研究室に入るひとへ

これは学部卒業生も書いているみたいなので一応。

僕の話で申し訳ないんですが、僕がここ3年間くらいで勉強したことは以下の2点です。「その年齢になって分かったことがそれ!?」って内容でもあると思うのですが…。

・学生は基本的に何やっても許される。大胆に行動・発言すること。
何やっても、とは多少言いすぎですが、これくらいの気持ちで行動して下さい。「学生」はかなり強力な免罪符です。ちょっと足りない思考でものを言っても、お偉いさんに会いに行っても、未熟な作品を出しても、無茶な注文をしても「まぁ学生だし」で大半の評価に下駄を履かせてくれます。これに甘えない手は無いです。

これを繰り返してレベルアップし、「これで学生なの!?」って言わせられると凄く良いんじゃないでしょうか。

・もう一度幼児並みの好奇心を取り戻して、ものを考えること。
上の行動をしても、話した時に「自分のやってることにしか興味がありません」だとどうも話が広がりません。自分の興味がある分野の周辺から、たくさんの事を広く知り、一般化した話ができると不思議とその次に繋がります。

理想は幼児の好奇心だと思います。あらゆることに「なんで?」と突き詰めて考えてみると、意外と自分の考えが浅い事に気づくと思います。実はこの問いかけは、論文を書くとき、就職活動でエントリーシートを書くときにも有効なので、習慣にしておくといいと思います。

■まとめ

今考えるとかなり軽い気持ちで選択してしまった研究室選びでしたが、結果的には大成功でした。ただ、今までの人生の中で一番大変な3年間でもありました。

余りにもすべきことが多いので、今まで余計なことを考えていた脳の領域や、余計なことをやっていた生活をデフラグの如く最適化する必要もありましたし、やれるかどうか分からないところをまず「やる」と言っておいて、あとから気合でなんとかする、みたいなこともありました。

ただ、これらは典型的B型の性格の僕が社会に向き合う上で必要不可欠な事でした。この3年間がなければ確実に「これだからゆとりは…」と言われる程精神的に子供だったでしょう(と思ってるとまた甘い部分を発見するのでしょうけれど…)。

まだまだ、やらなければならないことは多いですが、10年前の自分に自慢できるようなことはできていると思います。ご助力頂いた学校、研究室の友人と渡邉先生に本当に感謝です。ありがとうございました!

(高田 健介)

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バレーボールの練習改善のためのプレー記録の視覚化

こんにちは、学部4年の佐野千秋です。
私は卒業研究で「バレーボールの練習改善のためのプレー記録の視覚化」を行いました。



自身が高校生の頃、プレーのデータをとって選手で共有していたものの、見にくさや情報の少なさからあまりデータを重要だと思う場面がありませんでした。
せっかくデータを利用してるのならばより良いデータ利用方法があるのではないかと思いこの研究をはじめました。
実際に母校である神奈川県立厚木高校のバレーボール部に制作物を使ってもらったり、アンケートをとったりしながら、選手が感じている問題を元にデータ利用の改善を行いました。

主に行った改善は以下3点です。

1つ目はデータ収集内容の改善です。
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選手が求める情報を元に収集内容を改善を行い、情報量の充実を図りました。
この改善によって、どのようなコースが効果的なのかが分かるようになります。


※1 バレーボールは大きく分けてスパイク、サーブ、サーブレシーブ、スパイクレシーブの4つのプレー要素があります。
※2 バレーボールではレシーブの精度(=セッターの取りやすいボールかどうか)をA-Eの5段階に分けて表現することがよくあります。

2つ目はデータ入力方法の改善です。私の母校はデータを紙媒体に記録した後、Excelに入力し、印刷したものを選手内で共有していましたが、ある程度時間がかかるため練習試合があるたびに入力するのではなく何日か分をまとめて入力している場面が見受けられました。少しでも入力の煩わしさを軽減するため今までベタ打ちだったものを、Excelのマクロを使うことでクリック入力や、選択式で入力を行えるようにしました。



3つ目は視覚化方法の改善です。
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「基礎ゼミナール」最終発表

全学一年生対象の講義「基礎ゼミナール」の最終発表会を7/8に行いました。



私は昨年の着任以来はじめて担当したのですが、いや実に楽しかった。こんなに楽しいのがわかっていたなら、昨年から担当したかったかも。お題は「近未来のインターネット環境におけるプロジェクト立案」でした。中間発表会の記事はこちら

幸か不幸か濃いメンツが多いクラスで、個性の強い案が出そろいました。一年生離れした構想力や一貫性、そしてプレゼン力を感じることもありました。このきらめきを喪わないまま学年を進んで欲しいものです。受講生の皆さん、アシスタントとして参加してくれた鈴木(真)さん、清水要くん(from 笠原研究室)、おつかれさまでした。全員、今後の糧にしていってください。(wtnv)

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渡邉研 × ほぼ日:「ほぼ日のアースボール」コンテンツを共同研究・開発のお知らせ

首都大学東京 渡邉英徳研究室は,株式会社ほぼ日と共同で,AR 地球儀「ほぼ日のアースボール」をベースとしたマッピングコンテンツの研究・開発を進めてきました。

共同研究では「ほぼ日のアースボール」と,渡邉研がこれまでに研究・開発してきたジオビジュアライゼーション技術を組み合わせることにより,地球そのもの・人類の文化についての知識と,新鮮なユーザ体験を提供するARコンテンツの実現を目指しています。

このたび,その研究成果を元にした3つのARコンテンツを、「ほぼ日のアースボール」アプリ上で,2018年1月以降、順次公開していくことをお知らせいたします。

■でこぼこ地球(本日公開)
「ほぼ日のアースボール」上に、実際の100倍程度に強調した地形を立体的に表現。詳細画面では、標高8,000m超の山々が連なるヒマラヤ山脈や、厚さ3,000mもの氷に覆われた南極大陸などについて説明しています。ユーザは多様な「でこぼこ」を体感し、地形について知ることができます。


■昼夜の移り変わり(2月下旬公開予定)
太陽光によって、地上の昼と夜がどのように移り変わっていくのかを、アニメーションで表現しています。ユーザは春分・秋分、そして夏至・冬至と4つのモードを切り替えながら、「白夜」が生まれるメカニズムなど、地軸の傾きによって光が当たる場所がどのように異なるのかについて知ることができます。

■学生たちの「手作り人工衛星」(3月下旬公開予定)
大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC)に加盟する、大学・高専学生が開発した人工衛星のデータを網羅。約1日のあいだに描く軌道を、100倍速で再現します。日本の学生たちによる「手作り人工衛星」が、アースボールの周りを元気よく飛び回ります。各衛星の詳細なデータも表示されます。


■本研究開発の担当者
渡邉英徳准教授高田百合奈(特任助教)田村賢哉(リサーチアシスタント・博士後期課程3年)山浦徹也(博士前期課程1年)福井裕晋(博士前期課程1年)渡邉康太(学部4年)

「平成アーカイブ」:首都大,宮城大,慶應大,早稲田大による合同課題

「平成」が終わろうとしています。新しい元号は2018年夏に発表され,2019年より,新元号に載った歴史がはじまる予定です。みなさんが現在3年生だとしたら,大学を卒業する直前に,新しい元号に切り替わることになります。

「平成」は1989年1月8日からはじまりました。受講者のみなさんのこれまでの人生は,「平成」のタイムスパンにすっぽりと収まっています。「平成」のあいだに,17人の総理大臣が就任し,ベルリンの壁崩壊,バブル経済の崩壊,アメリカ同時多発テロ,湾岸戦争,世界金融危機,東日本大震災など,多くのできごとがありました。新元号に切り替わった瞬間に,こうしたできごとには「平成」というタグが付けられることになります。みなさんは,講師陣が「昭和生まれ」であるように,「平成生まれ」と呼ばれるようになるわけです。

さて,第二次世界大戦と太平洋戦争には「昭和」,関東大震災には「大正」,そして日露戦争には「明治」というタグがついています。しかし,これらのできごとは連続した時空間のなかで起きたものであり,歴史の深層において関連しています。過去のできごとは,みなさんが生きるこの瞬間と地続きであり,また,未来の世界にもつながっていきます。年号によるタグ付けは,こうした意識のなかのつながりを,ときに断ち切ることがあります。こうした断絶は,国境,人種の違いなどによってもたされるものと同質のものかもしれません。

メディアやプロダクトのデザイン,あるいはアートによって,こうした「断絶」を越え,過去と未来をつなぐ認識を生みだすことはできるか。トップに掲げた「AIによる自動色付け写真」や,渡邉英徳研究室で取り組んできたアーカイブズ・シリーズは,こうしたテーマに沿って制作されたものです。

今回の合同課題では,みなさんにも,このテーマに取り組んでもらいたいと思います。自由な発想にもとづく,新鮮な提案を期待しています。(渡邉英徳・石川初・中田千彦・物部寛太郎)

作品制作の指針

テーマは「平成アーカイブ」です。上記の課題文を踏まえ,朝日新聞フォトアーカイブの写真を活用して,メディア,プロダクト,アート作品を制作してください。作品制作には,以下のような対象に提案する想定で取り組んでください。
出版社,放送局・番組制作会社,広告代理店(クリエイティブ部門),インターネットサービス企業,デジタルサイネージ運営企業…

広島テレビ新社屋「記憶の解凍」展覧会 開催

東京大学 大学院情報学環 渡邉英徳研究室は、広島テレビ放送と共同で、人工知能(AI)技術でカラー化した戦前・戦後の白黒写真をもとにして対話の場をつくりだし、被爆の記憶を継承することを目的として、

展覧会「記憶の解凍」 ~カラー化写真で時を刻み、息づきはじめるヒロシマ~

を開催いたします。
展覧会ウェブサイト展覧会チラシ 私たちはこれまでに、数百枚の白黒写真をAI技術でカラー化し、さらに、被爆者との対話を重ねて色を補正することによって、過去の記憶を辿る旅を続けてきました。最新技術と、被爆者・若者たちのコミュニケーションが組み合わさることで、これまで凍りついていた記憶が「解凍」され、よみがえります。

入場は無料です。みなさまのご来場をお待ちしております。

展示概要
会期:2018年11月23日(金・祝)~12月2日(日) ※10日間場所:広島テレビ新社屋エントランスロビー
広島市東区二葉の里3丁目5番4号
※広島駅北口徒歩3分時間:午前10時~午後5時 ※11月23日は午後1時開場。入場:無料展示チーム 主催:広島テレビ放送、東京大学大学院 渡邉英徳研究室原案:庭田杏珠(広島女学院高等学校)ビジュアルデザイン:秦那実会場デザイン:花岡大樹協賛:株式会社にしき堂、オタフクソース、広島ガス、広島管財、株式会社ロックサービス、アンデルセン、エネコム、中国電力、中電工、広島銀行、便利屋シンセー協力:広島女学院高等学校 生徒有志、ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会、首都大学東京大学院ネットワークデザインスタジオ有志カラー化技術提供:早稲田大学 石川博研究室後援:広島県、広島県教育委員会、広島市、広島市教育委員会、公益財団法人広島平和文化センター、平和首長会議、公益財団法人広島観光コンベンションビューロー

モノクロ写真のカラー化技術を用いたメディアと読者の対話を促すコンテンツ制作の研究

36歳,M2の與那覇里子です.  社会人学生として学んだ2年間の集大成を一部ですが,ご紹介します.
 タイトルは,「モノクロ写真のカラー化技術を用いたメディアと読者の対話を促すコンテンツ制作の研究」です.

なぜ,この研究をすることになったのか.
 ニュースの流通網は,新聞の戸別配達が大きな役割を担っている一方で,ネットの登場は,ニュース配信の仕組みを大きく変えました.  それぞれの持つメディアで情報を発信していたマスメディアは,Yahoo!やLINEに配信をはじめ,ユーザーがツイッターやフェイスブックなどのSNS,ブログなどにアップし,拡散されるようになりました.  地方紙で記者として携わる筆者としては,地方の情報を全国に直接届けられるようになり,チャンスが増えたと思う一方で,地域特有の文脈や情報が含まれているとなかなか読んでもらえないというジレンマを感じていました.  例えば,沖縄には,あの世の正月「グソーの正月」がありますが,見出しで取ったとしてもほとんど読まれません.  また,記事への書き込みは,ディスコミュニケーションが多くあるのが現状です.
 そこで,幅広い読者に沖縄のニュースへの理解を促すことを研究の目的にしました.
 そのために,次の3つのアプローチを取ります. 1)沖縄のニュースに興味・関心を持ってもらうコンテンツを制作 2)地元特有の文脈への理解促進 3)メディアと読者の前向きな対話を生み出す


どんな方法で目的を達成する?
 興味関心を引くために,飯塚らの開発したモノクロ写真をカラー化したAI技術を活用することにしました.

x  マスメディアは,読者に興味を持ってもらうため,イマーシブ型のリッチコンテンツを制作していますが,CG,凝ったUI,インフォグラフィックなどが盛り込まれ,記者がすぐに作れるものではありません.  飯塚らの技術であれば,1クリックで色をつけることができます.  エンジニアでない記者も扱うことが可能です.
 ただし,課題もあります.  AIは230万枚の写真から,着色について学んでいますが,正しい色ではないため,人の手による補正が必要です.  そのため,私の記者という職能を生かし,取材によって色を補う手法をとります.
コンテンツ制作
1)戦前の沖縄のモノクロ写真を活用
 写真については,朝日新聞が1935年に沖縄で撮影したモノクロ写真を使います.写真には,生き生きとした表情…

「記憶の解凍」 ARアプリ公開

東京大学大学院情報学環 渡邉英徳研究室は、AI技術を活用してカラー化した“戦前の広島”の白黒写真を、地図・AR(拡張現実)ビューに表示する「記憶の解凍」ARアプリを公開しました。

私たちのチームはこれまでに、数百枚の白黒写真をAI技術でカラー化し、さらに、被爆者との対話を重ねて色を補正することによって、過去の記憶を辿る旅を続けてきました。最新技術と、被爆者・若者たちのコミュニケーションが組み合わさることで、これまで凍りついていた記憶が「解凍」され、よみがえります。

カラー化された過去の写真は、私たちの心のなかに、これまでにない感情を喚起します。その写真が、アプリを通して、現在の広島の風景に重ね合わされるとき、私たちの眼の前には、切り撮られた過去の日々につながる、時の窓が開きます。


本アプリは、渡邉英徳教授とともに活動を進めてきた、広島市在住の庭田杏珠さんとのコラボレーションによって制作されたものです。

アプリダウンロード(無料):
App Store / Google Playにて、キーワード「記憶の解凍」で検索ウェブサイトからダウンロード制作チーム:
原案・カラー化・アプリ作成:渡邉英徳×庭田杏珠考証協力:濱井德三、ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会写真提供:濱井德三、今中圭介、緒方昭三、片山曻、諏訪了我(浄寶寺)、高橋久、多田良子、本田美和子、広島県立文書館、広島市公文書館、アメリカ公文書館(撮影:尾木正己)タイトルロゴデザイン:秦那実カラー化技術提供:早稲田大学 石川博研究室平和記念公園(爆心地)街並み復元図提供:中国新聞社