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3年間の研究室生活を終えて

お久しぶりです。修士2年の高田健介です。

今春、Web系の企業に内定を頂き、渡邉研究室を卒業することになりました。なので、大学・大学院生活を振り返っての記事を書こうと思います。先生からのリクエストが「集大成で」ということだったので、長い上に多分に自分語りっぽい記事になりますが、ご容赦下さい(スタジオのブログでこれって大丈夫なのかちょっと不安ですが…)。

■渡邉研究室に来た理由

元々絵を描くこと、創作をすることが好きだったこともあり、進路として一番に考えていたのは「ゲーム制作者」でした。ちょうど大学の最寄り駅にゲーム開発会社があると知った自分は、学部3年の3月頃、その会社にポートフォリオを送り、アルバイトとして勤務を始めようとしていました。

しかし、会社から求められたのは平日の4日のフルタイム勤務。ツールの使い方も知らず、ほとんど見習いのような状態で入ったので当然だったのですが、これが研究室選びで大変な条件となりました。

それまで仮で所属していた研究室は、具体的な「モノ」を作る研究室。これに対して、ネットワーク研究室は「Webに結びついた何か」を作る研究室なので、毎日研究室にいなくてもゼミを取ることができるのではないか…。ということで先生に相談をし、渡邉研究室に入ることになりました。

文章にしてしまうと結構消極的な理由になりますね…。ただ、Webは中学・高校の頃から触れ、その独特な文化も好きで、サービスやサイト作りに自信があった、ということもあり、元々強い興味がある研究分野の一つでした。

研究室に入って以降の学部4年の間は、週4日ゲーム会社でデザイナーとして働き、残りの1日でゼミに出席、週末は課題をこなす、といった生活をしていました。

■卒業制作

学部4年の10月頃、アルバイトでゲームソフトを1本リリースし一段落したので、卒業制作にとりかかりました。ここで散々悩んだのがテーマ設定。一般的に卒業制作・論文に求められるのが、「社会的な意義のあるテーマを設けること」で、自己満足な表現が大好きだった自分は、この視点でものを考えることに不慣れでした。

散々迷ったのですが、まずは見識を広めるために、iPhoneを購入。当時のモバイル(スマートフォン)アプリの躍進は凄く(今もすごいですが)、色々なものを試し、興味を持てそうなものを探しました。

当時は「セカイカメラ」が出始めた頃で、位置情報・ARアプリ開発が活気づこうとしているところでした。それらをひと通り眺めてみて思ったことは「位置情報のコミュニティは、何か狭い」ということでした。

その時は、この感想をなかなか具体的な言葉に出来ませんでした。今考えるとおそらく、今いる場所の情報しか受け取れない「縛り」の設定がおかしいのではないか…ということだったのだと思います。

結果的に、その点を解決する方法として、「矢文」の概念を利用し「土地に向かって文(情報)を撃つ(投稿する)」インタラクションを用いた「E-YABUMi」を提案しました。ただ、アプリとしてのリリースは出来ず、不完全燃焼感を持ったまま、修士課程に進学することになります。

■修士過程へ進学、アースダイバー

修士課程進学当初はフォントづくりをするなど、テーマとは離れて適当に好きなことをやっていたのですが、夏あたりにかなり沢山のタスクを抱えることになります。

まずは「アースダイバーマップBis」。これは多摩美術大学・中沢新一研究室と共同制作で、「ブラタモリ」のような、東京の街歩きを楽しくするためのコンテンツとして制作したものです。

このプロジェクトでは、複数のタスクを抱える中でいかに自分のスケジュールを調整して制作を行うか、ということを学びました。と言っても当時は大したことをしていなかったので、自分の中で思うように制作が進まなかった部分もあり…、忙しい時期が終わってから思い返してみて、反省することによって学んだ、という感じでした。

それまでシングルタスク人間だった自分が、マルチタスク人間に少しだけなれたきっかけのプロジェクトだったと思います。(結果的に、多摩美術大学の方々がコンテンツとしての完成度を非常に高めて下さったので、とても良いプロジェクトとなりました。その節は色々とご迷惑をお掛けしましてすみませんでした。。。)

■ソーシャルゲームの制作

大学外の活動ですが、アルバイトでソーシャルゲームの制作も行いました。ソーシャルゲームは、近年盛んなモバイルアプリの中核とも言えます。一見ライトなアプリを作って効率良く収益を出しているように見えるのですが、実際に現場に入ってみて分かったのは、想像以上に大変なことが多いということでした。

個人的に一番挙げたい「大変なこと」は、「ユーザーのリクエストに応えつつもエンターテインメントとして面白くしないといけない」点でした。当時の体感的に、「リクエストに応える」と「面白くする」はかなり相反した概念で、適当な落とし所を見つけることに凄く苦労しました。その上、これを1週間や3日といった、かなりの短期間で実装しないといけないのです。これは凄く精神力の必要な仕事でした。

このソーシャルゲームのリリース後、大学の研究・制作などに集中し始めます。

■海外インターンシップ

修士1年の夏前、僕はインターンシップの事を考えていました。当初はアルバイト先であるゲーム会社にインターンシップとして行こうか、と考えていたのですが、それだと普段と変わらないので物足りなさを感じていました。

その時、先生がふと「海外に知り合いの勤めている会社があるけど、紹介しようか?」と声をかけてくださったのですが、当時僕は一度も海外に行った経験がなく、「旅行でも行ったことないのに、海外インターンなんて出来るわけがない」と思い込んでいました。

ただその後、無理かもしれないけど言うだけ言ってみるか、くらいの軽い気持ちで「お願いします」とお願いをしました。

これがなぜか上手いこと話が進み、アメリカ圏にある某社に行ける事になりました。

その会社は、ゲーム会社等からの出資を受けながら、「メタバース(例:Second Lifeなど。3Dになったインターネット空間、と言えば分かりやすいのかな)」を制作している会社で、日本人とアメリカ人が共同で働いていました。

現地で触れたプラットフォームは、それまでWebと言ったら、HTML5やWordPressといったごく狭い視野で物事を捉えていた自分にとって衝撃的なもので、かなりワクワクしました。(それまで、Second Lifeには触ったことがありましたが、いまいちピンとくる感じではありませんでした)

加えて、社員さんたちが働いている環境そのものが、僕にとって刺激的でした。こういう環境にデザイナーやプログラマーを置いたら、間違いなく沢山の人に支持されるものが作れるな、と直感的に思いました。

僕は現状、起業だとか独立だとかにそれほど興味がない状態ですが、将来的にもしそんな感じで食べていくことになったら、確実に色々真似をすると思います(笑)。

ここで体験した出来事は、多分一生忘れることはないと思います。それぐらい濃い時間を過ごすことができました。約2週間の滞在でしたが、この間に数年分の情報のインプットができたと思います。反省すべきは、滞在期間をもう少し長く設定すべきだったことくらいです。(当時お世話になった方々と、交通・滞在費を出してくれた大学に本当に感謝です。)

■東日本大震災、計画停電MAP

その夏でかなり完全燃焼してしまい、長いこと燃え尽きていたのですが、そんな気分を破ったのが2011年3月11日の東日本大震災でした。

あのただならぬ空気の中で2日間ほど、テレビの放送とtwitterに張り付き、その時の情報を追うだけに精神力を使って、それ以外何もできない状態が続いていました。

3月13日夜に計画停電が発表されると「これは、授業やアースダイバーでやった“マッピング”を使えばもっとわかりやすくなるのでは」と思いたち、その場にいた現修士1年の北原と一緒に「計画停電MAP」の制作を始めました。

これが幸運なことに沢山の方々からの協力を得られ、同種の地図をGoogleやYahoo!といった大手のWebポータルサイトよりも先に公開することが出来ました。

作っていた側から見ても突風のようにあらゆる事・時間が過ぎ去っていったプロジェクトでしたが、その時に下したいろいろな判断が間違っていなかったことを後で確認できたので、本当によかったと思います。

ただ、出来るならば、もっともっと困っている人たちにアプローチしたかった、というのは事実です。あの災害の規模を考えたら、PCで計画停電のエリアをチェック出来るだけ幸運な環境だったと思うので…。

この件に関しては修士論文でもまとめたので、後日詳細を文章にしたいと思います。

■就職活動

アルバイトで学んだことと、研究室で学んだこと、それぞれを共に今後に生かしたかったので、ゲーム会社とWeb関係の会社を軸に就職活動を進めました。

就職活動はかなり運の(ような)要素が強いと思うので、結果論でしか語れませんが、評価されやすかったポイントは、長期的な視野で物事を見ることができ、かつそのビジョンに対して自分なりにものが言えるかという所だったように思います。

「ツールが使える」「アルバイトをしていた」という局所的で実務的なところは、2次・3次面接に残るような人はほとんどの人が大なり小なり心得ていて、その評価はあくまで下地です。(比率は会社により違いますが…。)

実際に動いてみて、その体験をもとに自分のオリジナルで語れる部分があるか、そこに、自分の人格がうまい調子で出ているかどうか、という所が、面接官も聞いていて面白いのではないでしょうか。

結局、それなりに苦労はしたのですが、先に述べた視点での面接が自然にできた、Web関係の企業に内定を頂きました。

■ヒロシマ・アーカイブ

就職活動の前後で、ヒロシマ・アーカイブの制作も行なっていました。

アーカイブの制作は、とにかくミーティングの回数を重ね、アイコンの表現一つをとっても妥当性を議論して行なっていきました。

それまでは「制作」と言うと自分の手癖でモノを作り、表現を細部まで考えこまずに行なっていた部分があったのですが、このプロジェクトでは一つ一つの表現に細かく理由付けをし、議論を重ねることで、プロジェクト全体に対して洗練されたデザインが出来たと思います。

加えて、ヒロシマ・アーカイブの特徴は、実際に現地に足を運び取材をし、平和祈念資料館での発表を行うなど、Webだけでは終わらない「活動」としてプロジェクトを進行した所にあります。平和祈念資料館の発表の時に、被爆者の方から直接感想を頂く機会もありました。

Webばかりを見ていると、いつの間にかWebを中心として色々なものを見てしまうようになるのですが、それは全く逆で、実世界の問題を解決するための手段としてWebを使うべきだなと。このスタンスはおそらく恒久的だと思うので、新しいプロジェクトを立ち上げよう、となった時、ヒロシマ・アーカイブで行ったことを思い出して、自分の立ち位置をリセットしたいと思います。

受賞巡業(?)

最近僕が関わったプロジェクトは、ありがたいことにとても良い評価を受けています。授賞式や講演のお話が多くあり、先生に付いてここ半年ほど色々な場所に行き、色々な人と会っています。

その懇親会には、いつも色々な分野の面白い人、すごい人が集まっていて、どこかに行くたびに刺激をもらって帰ってきます。これがまた、次のプロジェクトや今後の自分のあり方について考える良い養分になっています。

僕はもう研究室を卒業してしまうので、刺激を受ける機会が減るのではと心配ですが、今後は自分からこういった場所に出向けるよう、企業に所属しながらも個人でもうまいこと活動していきたいと思います。今後の活動はwww.sou-sou.net(個人ページ)で報告していく予定です。

■これから研究室に入るひとへ

これは学部卒業生も書いているみたいなので一応。

僕の話で申し訳ないんですが、僕がここ3年間くらいで勉強したことは以下の2点です。「その年齢になって分かったことがそれ!?」って内容でもあると思うのですが…。

・学生は基本的に何やっても許される。大胆に行動・発言すること。
何やっても、とは多少言いすぎですが、これくらいの気持ちで行動して下さい。「学生」はかなり強力な免罪符です。ちょっと足りない思考でものを言っても、お偉いさんに会いに行っても、未熟な作品を出しても、無茶な注文をしても「まぁ学生だし」で大半の評価に下駄を履かせてくれます。これに甘えない手は無いです。

これを繰り返してレベルアップし、「これで学生なの!?」って言わせられると凄く良いんじゃないでしょうか。

・もう一度幼児並みの好奇心を取り戻して、ものを考えること。
上の行動をしても、話した時に「自分のやってることにしか興味がありません」だとどうも話が広がりません。自分の興味がある分野の周辺から、たくさんの事を広く知り、一般化した話ができると不思議とその次に繋がります。

理想は幼児の好奇心だと思います。あらゆることに「なんで?」と突き詰めて考えてみると、意外と自分の考えが浅い事に気づくと思います。実はこの問いかけは、論文を書くとき、就職活動でエントリーシートを書くときにも有効なので、習慣にしておくといいと思います。

■まとめ

今考えるとかなり軽い気持ちで選択してしまった研究室選びでしたが、結果的には大成功でした。ただ、今までの人生の中で一番大変な3年間でもありました。

余りにもすべきことが多いので、今まで余計なことを考えていた脳の領域や、余計なことをやっていた生活をデフラグの如く最適化する必要もありましたし、やれるかどうか分からないところをまず「やる」と言っておいて、あとから気合でなんとかする、みたいなこともありました。

ただ、これらは典型的B型の性格の僕が社会に向き合う上で必要不可欠な事でした。この3年間がなければ確実に「これだからゆとりは…」と言われる程精神的に子供だったでしょう(と思ってるとまた甘い部分を発見するのでしょうけれど…)。

まだまだ、やらなければならないことは多いですが、10年前の自分に自慢できるようなことはできていると思います。ご助力頂いた学校、研究室の友人と渡邉先生に本当に感謝です。ありがとうございました!

(高田 健介)

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アイドル,ドローン,ファッション...私たちの研究をつなぐもの 週報20170608

肌を触る風がほんのり冷たくなり始め,研究室から見える木々のゆったりとした揺らぎに癒されています。通学路のアジサイは満開で,梅雨の訪れが近づいていることを感じさせてくれます。  沖縄の新聞社を休職し,今年4月から大学院に通う私にとって,10年ぶりの東京はなにもかもが新鮮です。



 6月8日のゼミは,学部4年生,大学院,研究生の16人。論文を読んだり,近しい研究分野のアプリを使って分析をしたり…。1週間,それぞれが試行錯誤した足跡をまとめ,研究の内容や自分の考えを渡邉先生にぶつけていきます。  渡邉研究室の研究テーマは,SNS,ドローン,防災,自動販売機,ファッション,文化,アイドル,観光,地域,選挙など多岐にわたります。なぜ,これだけ幅広いテーマが一つの研究室に集まっているのでしょうか。


 実は,ゼミに身を投じると,バラバラにみえるテーマも,何かしら繋がっていることに気づきます。テーマだけに焦点を当てると抽象的でも,仲間の発表を聞き,議論するうちに,それぞれの研究の共通点が浮かび上がってくるのです。
 そして,自分の研究の新たな切り口を見つけるきっかけにもなります。"ネットワーク"という大切なキーワードでそれぞれの研究が繋がっていることを体感できる毎回4時間の学びは,まさに財産です。


 「最初からアイドルの研究しかないと思いました」。
 力強い声でこう説明したのは,4年の増田琴美さん(通称・こっとん)。

 今回のゼミのゲストで,ネットショップ作成サービス「BASE(ベイス)」のビジネスアナリスト酒澤和嗣さんから「なぜ,アイドルの研究なのか?」と質問を受けました。
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「東京五輪アーカイブ 1964-2020」首都大・慶應SFC・宮城大・早稲田大による合同課題

課題文

2020年,日本でのオリンピック開催が決定しています。

東日本大震災以降,さまざまな問題が今だ解決されていない状況の中,オリンピック開催に批判的な意見もあります。そして昨年起きた,新国立競技場やエンブレムにまつわる一連のできごとを通じて,「デザイン」を学び,研究している私たちの姿勢が,あらためて問われている時期とも言えます。とはいえ,私たちクリエイターにとって,世界のありようを見据え,来るべきイベントに向けて思考を巡らせる時間は,新たな社会デザインや地域デザインを思考するための,またとないチャンスです。

50年前の東京五輪1964年大会当時も,建築家・デザイナーたちが多岐に渡る仕事に取り組みました。全国の人々の生活や街の姿は,オリンピックを契機として大きく変わりました。2020年は,みなさんにとって比較的イメージしやすい近未来です。半世紀前に人々が経験したできごとを,私たちが学ぶ「デザイン」を切り口として受け継ぎ,5年後,そしてさらに未来の社会に活かすことはできないでしょうか。そこで今回の課題のテーマを,1964年(五輪)の記憶・記録を2020年(五輪)につなぐこと,としました。

本課題は,首都大学東京と朝日新聞社の共同研究をベースとしています。このテーマに合わせて,1964年大会当時の全国の報道写真が,朝日新聞フォトアーカイブより提供されます。企画提案・作品制作の際には,「位置情報・地理情報」をベースとしてください。そのために、デジタル地球儀・GISソフトの使い方をレクチャーする予定です。また,コンテンツに留まらない「社会的アクティビティ」の提案を期待します。先行事例として「ヒロシマ・アーカイブ」などを参照してください。

(渡邉英徳・石川初・中田千彦・物部寛太郎)


成果物はウェブ公開されることを前提として課題に取り組んでください。11月末〜12月初旬に,ゲストを招いた合評会を開催する予定です。詳細なスケジュールについては後日決定します。 昨年度の合評会はメディア取材を受けました。下記リンクを参照してください。
東京)前回五輪の記憶つなごう 学生がアイデア発表会ザハ競技場、64年五輪の写真1千枚で再現 インパクト+批評を表現成果物発表
成果物のうち優秀作品は以下のサイトに掲載予定です。 「東京五輪アーカイブ1964-2020」上にマッピング「東京五輪アーカイブ1…

原爆の記憶をデジタルで継承:「高校生平和会議」をアメリカで!クラウドファンディング開始

デジタルアーカイブを活用した「日米・高校生平和会議」開催のためのクラウドファンディング開始のお知らせです。 

5月27日、オバマ氏が現役大統領としてはじめて、広島を訪問します。歴史的なできごとであり、世界の人々が願ってきた「核兵器廃絶」への原動力となるはずです。被爆地である広島・長崎から世界へと視野を拡げ、「人類と核」の在り方について、考えるための絶好の機会です。

 例えば「ヒロシマ・アーカイブ」に参画している広島女学院高の生徒たちは「オバマ大統領を私たちの高校に呼びたい!」という想いから「Project Obama」を立ち上げ、活動を展開しています。若い世代が、新しいかたちの平和活動をスタートしています。こうした若者たちのエネルギーは、インターネットを通して、世界につながっていきます。


私たちはこの機に、広島・長崎の高校生をアメリカに派遣し「日米・高校生平和会議」を開催したい!と考えました。会議の参加者は、日米の高校生、一般市民、そしてアメリカ在住の被爆者を想定しています。 会議では、原爆資料をまとめたデジタルコンテンツ「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」を活用します。


人々の興味を惹きつけ、理解をたすけるデジタルツールを軸にして、高校生と市民、被爆者が一つのテーブルを囲み、原爆と太平洋戦争の歴史について知識を深め、議論する場を提供します。 これらの会議開催にあたって、アメリカのボストン・ニューヨークに高校生を派遣します。

開催日:2016年9月19日〜22日(予定)開催地:ボストンおよびニューヨーク(予定) 会議においては、以下の内容を実施します。

米国在住の被爆者による講話会ヒロシマ・アーカイブ、ナガサキ・アーカイブの体験学習アーカイブに資料を追加する体験学習被爆者・学生・市民によるディスカッション

会議をとおして、日米の若者と市民が同じテーブルに付き、デジタルツールを活用しながら、原爆被害についての理解を深めていきます。このプロセスを通じて、国際平和に貢献する若い世代が生まれてくることを企図しています。



この「日米・高校生平和会議」開催のためのクラウドファンディングを、オバマ大統領の広島訪問前日のきょう、開始しました。このクラウドファンディングでは、高校生と大学院生チューターをアメリカに派遣するための旅費、現地でのワークショップ開催のた…

「書籍の時空間を可視化 / 視覚化する」ネットワーク演習実習A課題

Ben Fry "Valence" 
書籍は,ストーリーが織りなす「時空間」を内包しています.今回の課題では,デジタルアースを使って,書籍が持つ時空間を可視化 / 視覚化します.

デジタルアースには,全球規模の空中写真,立体地形が網羅されています.さらに,ビルボード,ポリゴン,オーバレイなどの機能を組み合わせて,さまざまなコンテンツを載せることができます.タイムスタンプを付加することで,時間軸に沿った変化を表現することも可能です.

自分自身の座右の書,好きな本など,この課題に適していると思われる書籍を一冊選び,その書籍が内包する「時空間」を,デジタルアース上に展開してください.なお,可視化 / 視覚化の用法の違いについては,以下の渡邉のツイートを参照してください.

先日も書いたように「可視化」と「視覚化」は使い分けやすい。それぞれ、プロ向けと一般向け。因果関係も逆。可視化して事実を見いだす / 見いだした事実を視覚化する、といった具合に言いわけられる。 — Hidenori Watanave (@hwtnv) February 21, 2015
■スケジュール
4/21 課題説明,GitHubの演習,ローカルサーバの構築4/28 Google Earth,KMLの演習,アイデアシート作成5/12 アイデアシート提出,Cesiumの演習5/19 作業5/26 作業6/2 提出+プレゼンテーション  ■参考リンク

https://docs.google.com/document/d/1IsZSFRS_k7-_0kHHx0-whXONDoPBgOR7yYY0ZqeFTOo/edit?usp=sharing

震災犠牲者の行動記録マップ「忘れない」公開

首都大学東京 渡邉英徳研究室と岩手日報社は共同で、東日本大震災から5年を迎える2016年3月、岩手県における震災犠牲者の「地震発生時」から「津波襲来時」までの避難行動をまとめたデジタルアーカイブ「忘れない~震災犠牲者の行動記録」を制作しました。


デジタルアースで閲覧する
2011年3月11日午後2時46分、そして津波襲来時にどこにいたのか、犠牲者の所在を遺族に取材し、データを集めました。

本コンテンツでは、居場所が詳細に判明した犠牲者1326人について、被災地の震災直後の立体的な航空写真・地図と組み合わせ、避難行動を可視化しています。さらに、ご遺族の了解を得た犠牲者687人については、氏名と当時の行動も閲覧できます。なお、被災直後及び1974-1978年の空中写真レイヤには、国土地理院のタイルデータを利用しています。

岩手日報社は、震災犠牲者一人一人を紙面で紹介するプロジェクト「忘れない」や、災害から命を守るための連載「てんでんこ未来へ」を展開しています。今回は、その集大成として、犠牲者の避難行動を詳細に分析・可視化しました。このことにより、犠牲者の声なき声を可視化し、一人でも貴い命を失わないよう、震災の教訓として後世に残していくことを企図しています。

制作にあたって、渡邉英徳研究室が「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」「沖縄戦デジタルアーカイブ」などで培ってきた「多元的デジタルアーカイブズ」の技術を応用しました。オープンソース・ソフトウェアを活用し、PCとスマートフォン・タブレット端末からも閲覧することができます。

さらに紙面ではアーカイブを活用して避難行動について分析し、「避難所を過信せず、少しでも高い場所へ」などの提言を行い、デジタル技術との融合で紙メディアの可能性を広げていきます。

ウェアラブルデバイスによる身体動作のリアルタイム・フィードバックシステムの開発 -エンターテインメントと理学療法における応用-

はじめにどうもこんにちは、修士2年の小宮です!
このブログで書かせていただくのは今回が最初で最後ですが、自身の研究と作品について書かせて頂きたいと思います。


簡単に自己紹介をさせてもらうと、私は学部からこのインダストリアルアートコースで学び、修士もそのまま進学しました。


学部4年次の研究室はインタラクティブアートについての研究を行い、ダンサーが踊りによって音楽を変えられるデバイス(GROOVE)を作っていました。


その後、修士からはこちらのネットワークデザインスタジオに所屬し、Web技術やデザインを中心に学び、4年次に学んだハードウェアの技術と掛け合わせながらプロダクトを作っています。
詳しい自己紹介はこちらもよければ御覧ください


その中で生まれたのがこれから紹介する「PetaPeta」と「smarTcane」です。
どちらもウェアラブルデバイスを中心としたプロダクトであり、特に意識は全くしていなかったものの、気がついたら3年間ハードウェアの技術を使いっぱなしでした笑



それではそれぞれの作品の紹介に移ります。


作品・研究紹介①PetaPeta
サイトはこちら!
PetaPetaは靴の中敷型デバイスとスマートフォンを使って遊ぶ鬼ごっこゲームです。


鬼ごっこというとタッチしたり、されたりを繰り返しながら門限になったら終わり…のような曖昧なゲームだと思います。


そこで1つルールを作りました。
それは


「制限時間内に一番長い距離を逃げた人が勝ち」


つまり、時間が決まっているのでちゃんと終わりが来ます!笑


ただこれだと、足の早い人が有利になってしまい、今までの鬼ごっこ同様足の速いモテる男子が勝ってしまいます。


それではテクノロジーの意味がありません。
そこでインソールデバイスの登場です。
インソールデバイスは走っているのか歩いているのかを計測し、もしプレイヤーが歩いているとプレイヤーの持っているスマホの地図上に自分の足跡がでてしまう
のです。
すると、自分の位置が鬼を含む全プレイヤーにバレてしまうという仕組みです。


一方、鬼でいる間は走っても歩いても一切ポイントが入らず、どんどん他のプレイヤーに差を付けられてしまいます。
なので、地図上の足跡を頼りに他のプレイヤーをいち早く捕まえに行きましょう!


鬼のタッチ自体も直接体を触ってタッチするのではなく、Bluetoothを用いた近距離通信により、3mほど近づくとタッチとなります…

過疎集落における「対話と交流の“場”」の形成手法 -新潟県魚沼市横根集落における実践-

2年ぶりの投稿でドキドキしてます。
修士2年の木村汐里です。

さて、今日は私が2年間(3年間)やってきた研究について簡単に紹介したいなと思います。

私は、大学4年のときに出会った新潟県魚沼市にある過疎地域「横根」を対象地域として修士研究を行ってきました。

「こんなとこなにもない町なのになにするの?」と地域のみなさんに口をそろえて言われた3年前。そう言いながらも、なんどもなんども地域を訪れ、話をする中で、住民の方達の地域への愛を感じるようになりました。人口の減少や世代のかたよりによって、交流が減っている中で改めて地域住民同士がお互いの地域への思いや将来への希望を共有できる”場”をつくれないかと始めたのがこの研究です。





3年前、同じく横根でおこなっていた菊本さんの研究であるWEBコンテンツ制作ワークショップを考察し、その課題や成功例をもとに、過疎集落における地域活性化のための”場”を開催するためのメソッドとして、『起こりうる課題・それが起こりうる状況、そのための解決手法』を言語化してパターンにまとめ、それを使い、場を改めて実践・検討しました。


これらの活動を経て若い世代が地域行事の準備を手伝ったり、15年ぶりに夏祭りでこども神輿が復活したり....。地域の未来に対して課題意識をもって行動しようとする人が現れたり....と徐々に地域も変化してきました。地域が生き生きとした瞬間を何度も見ることができました。日本中にひろがる様々な過疎地域の活性化に少しでも役立てばいいなと思っています。








さて、私が渡邉研に入って一番良かったなと思うのは、『作る』を超える経験がたくさんできたことです。論理的にコンテンツを説明したり、表現する方法をたくさん教えてもらえたのはもちろんですが、いろんな場所に連れて行ってもらって、コンテンツがつなげる様々なモノ・ヒト・コトをたくさん感じることができました。デザインやコーディングの技術だけでなくそれがもたらしてひろがるつながりがすごく刺激的な3年間でした。

特に、研究としてはいった横根地区には、今後のずっと関わっていきたいなと思える『第二のふるさと』と呼べるような関係を築く事ができました。長期で一人で滞在しに行った時には、子供達が遊びに来てくれたり、夕ご飯に誘ってもらったり、お風呂を貸してもらったり・・。かけがえのない経験です。

同期をはじめとした刺激的…

週報170420

初めまして、学部4年の渡邉康太です。よろしくお願いいたします。
1週間という時間は長いようで短く、早くも2回目のゼミとなりました。

1.アイデアダンプ 午前の部では早野龍五様と糸井事務所の方々がいらして、アイデアダンプを催していただきました。アイデアダンプとは「アイデアを吐き出す」という意味に当たるのですが様々な観点からアイデアが飛び交うのは新鮮でありプロジェクトに携わる面白みを感じました。アイデアは持っているだけでは何の可能性も産まないので、このような場を通してどんどん発信していこうと思います。
新しいプロジェクトが立ち上がりそうで今から楽しみです。


早野龍五さんが照らしてくれた地図
ほぼ日刊イトイ新聞』に掲載されている早野龍五様と糸井重里様の対談になります。自分も読ませていただきましたが、情報を発信する側の姿勢や開拓者になることの重要性を学ばせていただきました。誰も踏み入れていない領域には未知の部分が多く、踏み入れ難いです。ですが、だからこそ価値があり踏み入れるべきだと感じさせてくれます。対談形式でマンガも掲載されているので、読みやすいです。

2.研究テーマ発表会 渡邉研では目的、手法、検証、結論の4文をもとに考え方をまとめています。
午後の部では4文をB4とM1の先輩方で持ち寄り、発表しました。自分は研究したいことがぼんやりとありつつ、新規性のあるテーマが見つからず苦労しております。自分にしか出来ないこと、長期にわたって付き合っていけるようなテーマが見つけられたらと思っています。

また、今回の発表会を通して、メンターと呼ばれる助言者を決めることになりました。B4が研究テーマの傾向が近いM1の先輩(メンター)の下について、サポートを受けるという制度です。早くも研究テーマに頭を悩ませているので、相談できる先輩がいるというのは大変心強いです。
誰かに話すだけでも頭や心の整理がつくことがあるので1人で悩みすぎないようにしましょう!


"くらベル"〜学生と授業をマッチングするwebポートフォリオ〜

学部4年の山下悠介です。今回は自分の卒業研究についての記事を書きたいと思います。
http://52.198.208.2/


授業を履修してみて「この授業、やっぱ合わなかったな」と感じたことはありませんか? デザイン系の学生の場合、授業の中心は課題制作になります。しかし、シラバスには文字しか書いてないので、課題のイメージがつきにくいです。  この授業を通して自分はどんなことができるようになるのか、それが分かっていないままでは何を履修すればいいのか分かりません。 その結果、曖昧な気持ちで授業を履修し、自分の想像していたものと違うということで途中で授業を切ってしまう学生が何人か出てしまっていました。  そのような問題を解消するために、今回は作品から授業を探すことができるwebアプリケーション「くらベル」を作りました。 くらベルでは、生徒同士が今まで作った作品を「タイトル」「説明」「イメージ画像」「年度」「どの授業で作ったのか」といった情報とともにweb上に投稿することによって、他の人の作品から自分の受けたい授業を探すことができるアプリケーションです。 投稿された作品にはコメントやイイネをつけることもできるので、作品からどんな授業だったのかやどんなスキルが身につくのかがイメージしやすくなります。  また、作品にはタグ機能もついているので、作品から類似する授業を探すこともできます。 マイページには自分が投稿した作品一覧が載っていますので、webポートフォリオとしても使うことができるようになります。  「くらベル」を使うことによって、学生はより自分が受けたい授業を、教員側は意欲的な学生に対して授業をすることにより、より質の高い授業を行うことができるようになります。 
このように、ネットワーク研ではある問題に対して、「目的・手法・検証・結果」の4軸を中心に研究を行っていきます。 この考え方は研究以外にも、この先社会人として様々なところで役立たせることができるスキルであり、ネットワーク研で先生や先輩を通して教わりました。 ぜひ、研究室に迷っているのであればネットワーク研にきて、世の中におこっている問題を一緒に解決する方法を考えていきましょう!

週報20161117

こんにちは。今週担当のB4の山下です。 だんだん気温も下がっており、周りでは風邪もはやっており、wtnv研でも体調不良の方が増えてきました。
B$のみなさんもやりたいことが固まり、実際につくり始めるという段階に入り、つくりたいもののためにそれぞれ必要な技術を習得中で、毎週ゼミの進捗報告会では様々な技術の話が聞けるのでワクワクしています。
今週は渡邊先生の作品の白黒写真に人工知能で色をつけるというアプリを紹介していただきました。 再現度もすごいのですが、一番はどのように表現したら効果的かというデザインを考えていて、技術を見せびらかすよりも使い手のことを考えるものづくりの大切を再認識しました。
自分の話なのですが、作成したアプリケーションが公開段階に入ったので告知させてください。 http://52.198.208.2/ まだドメインを取っていないのですが、こちらのアドレスからアクセスすることができます。




このアプリは、作品から授業を探すことができるアプリで、授業に対して作品を投稿することにより、その授業がどんな授業かをイメージしやすくなります。 その結果、授業を履修する前に自分に合う授業かそうでないかを見分けやすくなるので、学生と授業のミスマッチを防ぐことができるようになります。
また、投稿する側のメリットとしてマイページから自分の作品集であるポートフォリオも作ることができるので、1年生や2年生などの早い時期からのインターンシップの先行で自分のポートフォリオを送ることができるようになります。
このアプリは投稿された作品の数が非常に大事になってきますので、是非ともこの記事を読んだ先輩方は作品を投稿していただきたいです。
来週からは、実際に使ってくれた方の意見を聞きながら修正を加えていこうと思います。 以上、B4の山下でした!