【修論】衛星画像を用いた紛争による建物被害の把握に関する研究

こんにちは、交流研究生の指原です。

今回は、私が東京科学大学大学院の松岡研究室(Matsuoka Laboratory)で取り組んだ修士研究についてご紹介します。私は「衛星画像を用いた紛争による建物被害の把握に関する研究」というテーマで、ウクライナの紛争被害推定マップを作成しました。

この記事では簡単な概要をご紹介します。

はじめに

紛争地では被害把握は必要ですが、危険な情勢下では現地調査が困難です。そこで、衛星画像を用いる被害把握がされています。本研究では、ウクライナ戦争の爆撃被害を分類し、SAR画像の変化特性を地上の状況と合わせて分析し、非前線地域における被害推定マップを作成しました。

ウクライナに在住している写真家の尾崎孝史氏(日常へ砲撃、言葉失う ウクライナ東部15人死亡 現地写真家報告 | 毎日新聞)と連携して、19件の被害について調査を行いました。


1.ウクライナ紛争と紛争被害の発生メカニズム

はじめに、紛争被害を武器と建物から分類しました。
爆撃武器は、「誘導装置の精度」×「弾頭の威力」の組み合わせで考えることができます。被害建物はさまざまありますが、ウクライナの特徴としては、2種類の集合住宅があることがあげられます。一つは有力者向けに建造された堅固なスターリンカ、もう一つが簡易的に大量建設されたフルシチョフカです。

実際の被害と見比べてみます。
まず、S-300などの中型武器が民家などの小型建物に当たった場合には全壊となりますが、グラートなどの小型建物の場合は損傷はありつつ建物は建ち続ける残構造型となります。先ほどのS-300が工場などの大型建物に当たった場合も残構造型の被害が見られます。屋根ではなく、主に側面に被害を受けている被害も散見されました。


 

続いて、中型の集合住宅については、堅固な造りのスターリンカでは武器直撃部分から垂直に崩壊するのに対し、簡易的なフルシチョフカでは、着弾点だけでなく周囲の部屋も巻き込んで崩壊しています。それぞれ垂直型、V字型と名付けました。

これらを踏まえて、以下の5つに建物被害を分類しました:

2.SAR強度推移変化

今回使用するのはSAR衛星と呼ばれる、マイクロ波を照射して、反射から地表状態を観測する画像です。雲を貫通するため、天気に左右されづらいです。Sentinel-1という、解像度約10mで、全世界を12日ごとに定期観測する衛星の画像を用います。4つの観測があります。

建物瓦解とSARの反射傾向

分析の図解
上記を踏まえて、紛争被害を受けた建物の、被害前後のSAR強度の推移を分析してみました。

例えば、被害点と街路樹・大通りとの距離が近くコンタミネーションしていないかを確認したり、被害写真から瓦礫の整理があったかなどを確認しました。また、建物と波の角度で被害部分が影に入っていないかなどの計算をしました。強度推移のグラフと比べることで、例えばレンガ造りで瓦礫発生量が多いためにVH偏波が敏感に反応しているのか、などの考察を行いました。


結果としては、ほとんどの爆撃被害でSAR強度に変化がみられました。ですが、被害ごとに敏感な軌道/偏波及び増減が異なりました。そこで、全4観測を取り上げ、変化が大きいものを確認する手法が適切であるとして、後述するPWTT法という被害検出手法を取り上げることとしました。被害前1年と被害後6カ月の2群でT値を計算したところ、15/19件(78%)がPWTT法の閾値を超えました。

また、被害分類ごとに変化の有無が異なることがわかりました。
  • 全壊型:全件が検出可能でした
  • 側面型/残構造型/垂直型:約半数が検出可能でした
    被害箇所そのものではなく、がれき ・作業車両・工事・交通量変化など、周囲の環境変化によっても検出できる可能性が示唆
  • V字型:今回被害面積が大きいにも関わらず、意外にも検出困難でした。これは、V字型被害がフルシチョフカで発生しやすいからだと考えました。フルシチョフカは住宅地に位置しており、街中に建てられるスターリンカに比べて植生の影響が大きいと考えられます。

3.被害推定マップの作成

今回使用するPWTT法とは、pixel-wise t-testの略で、Ballinger 2024(2)が提唱する、ピクセルごとにT検定を行うという手法です。被害前後の2群でT値を計算し、4観測のうち最大絶対値を採用する流れです。本研究では、閾値を6として読み取りました。

PWTT法の図解


今回は、東部前線から約20kmのところにあるスラビャンスク市を対象とします。
PWTT手法で開戦後半年ごとに作成したマップを集積して最終被害マップとします。被害後群の期間と集積方法を少し変えた4つの種類のマップを作成し比較しました。
定量評価では、SNS上で動画から位置が特定された被害と調査データを合わせて真値データとして、性能評価指標を計算しました。

定量評価表
結果として、Accuracy, Recallは先行研究なみでした。しかし、Precisionが大変低くなっています。これは、前線と異なり紛争以外の変化による偽陽性が多いことを示しています。今回は抜け落ちなく紛争被害をピックアップできることを示すRecallを優先するため、妥当な精度といえます。なお、両者のバランスを取るF1値という値も二次的に参考にできます。
そこで、本研究では、Recallが最大(0.85)となる変数の組み合わせを用いたマップを速報マップ、F1値が最大(0.17)を取るマップを確実マップとしました。

スラビャンスク市を可視化した地図は以下のようになります。

最終被害推定マップと被害事例の抽出



















ご覧の通り、V字型の被害以外はおおむね黄色ないし赤色で検出されていることがわかります。

最後に、市内の一部地域について、陽性となっている箇所の地上調査をカウンターパートにして頂きました。その結果、これまでに報道・記録のなかった紛争被害を新たに4件発見することができました。それらは個人所有の倉庫、農場施設などのため、記録に上がりづらかったのだと思われます。

調査範囲
発見した陽性箇所


本記事は以上です。本研究の詳しい内容は以下で3パートに分けてご紹介しています:

  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/1.html
  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/2sar.html
  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/3.html

For English, see below:

  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/reasearch-on-detection-of-building.html
  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/reasearch-on-detection-of-building_24.html
  • https://fingerfield.blogspot.com/2025/03/reasearch-on-detection-of-building_9.html

ウクライナ及び世界中の紛争が終結し、人々が死を恐れずに生きる日が来ることを願っております。