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【修論】ビデオエリシテーションによる多声的な民族誌映画の制作

こんにちは!修士2年の井上国太郎です。

この投稿では、私が修士課程で取り組んできた研究「ビデオエリシテーションによる多声的な民族誌映画の制作」の内容をご紹介します。



背景

民族誌映画(フィールドワークの一環で制作されたドキュメンタリー映画の一種)には、「ビデオエリシテーション(以下VE)」と呼ばれるインタビュー手法があります。もともとこの手法は、出演者を編集プロセスに招き入れ、映画の中に多様な視点を取り込むことで、多声的(ポリフォニック)な作品を制作するために考案されたものでした。

しかし近年、VEは本来の目的から徐々に離れ、制作者が出演者から一方的に情報を引き出すための手段として転用される傾向にあります。これでは「誘発」的なインタビューにとどまり、制作者と出演者が意味を共に創る「触発」的な対話は生まれません。多声的な作品の制作には、新たなVEのデザインが必要でした。


目的と手法

本研究では、作り手と出演者の間の対話によってモノローグが触発されるようなVEを新たにデザインし、多声的な民族誌映画を制作することを目的としました。

具体的な方法は以下の通りです。

まず、出演者を個別に撮影し、「局所的なナラティブ」を集めます。編集では、この断片的な語りを組み合わせ、実際には起きていなかった「架空の対話」が映像内で生じているかのようなラフカットを制作します。このラフカットを出演者と共有し、上映後の反応と語りの変化を観察・記録します。


この手順を通じて、VEが出演者の現実認識にどのような作用をもたらし、多声的な対話の条件を生み出し得るかを検証しました。



結果

実際の作品制作と上映を通じて観察された出演者の反応は、以下の三つに分類されました。


ラフカットを鑑賞する出演者の様子


暗喩と隠喩に基づいた新たな比喩の創造 

ラフカットの持つ意味を「暗喩」や「隠喩」に基づいて考察し、それまでになかった触発的な比喩表現を生み出した。


内的対話の進行 

生成されるナラティブ自体はVEの前後で変化しなかったが、テレビ的なモノローグを想定していた出演者が、その想定と異なるラフカットの形式に戸惑い、内面で対話が進行した。


ポリフォニックな対話への参加 

上映後の議論を経ることで、一面的な自己認識が相対化され、他者との差異を前提とした多声的な対話に参加するに至った。


これらの反応は、新たにデザインしたVEが、相手との間にある「他性」を露わにし、対話を深めるための触媒として機能しうることを示しています。



結論

「局所的なナラティブの収集」と「架空の対話」を組み合わせたVEを実施することで、モノローグの相対化による触発的な対話が可能になり、多声的な民族誌映画の前提条件を満たせることが明らかになりました。

本研究は、情報を一方的に引き出す「誘発」型のVEではなく、意味を共に創る「触発」的なVEのための方法論を提示することで、既存の研究に貢献できたと考えています。


おわりに

修士課程の2年間、研究室のメンバーや渡邉先生、そして撮影や上映にご協力いただいた出演者の方々に心から感謝しています。映画を撮ること、編集すること、そして人と対話することが、これほど密接につながっていると実感できたのは、この研究があったからこそだと思います。

渡邉研究室での時間は、研究者としてだけでなく、作り手としての自分を大きく育ててくれた場所でした。本当にありがとうございました。