JSON LD

【修士論文】平和学習のための「問い」を促すストーリーマップのデザイン― 日韓被爆者の人生を題材として ―

 【修士論文】平和学習のための「問い」を促すストーリーマップのデザイン― 日韓被爆者の人生を題材として ―

修士2年(文化人間情報学コース・渡邉英徳研究室所属)の村山美耶子と申します。
本投稿では、私の修士論文「平和学習のための「問い」を促すストーリーマップのデザイン― 日韓被爆者の人生を題材として ―」の内容をご紹介します。

【目的】

 本研究の目的は、学習者の「問い」を促す平和学習教材の開発です。そのために、日韓両国の被爆者の人生を辿るストーリーマップをデザインしました。

【背景】

 戦後80年が経過し被爆証言の継承が喫緊の課題となっていますが、従来の平和学習では証言講話を中心とした一方向的な学びが多く、学習者が主体的に関わりにくいという傾向があります。また、近年教育現場で重視される探究的学びの観点から見ると、様々なデジタル学習教材は開発されているものの、学習者が自ら「問い」を立て理解を深めるプロセスを支援する教材設計の研究は十分に蓄積されていません。さらに、日本人被爆者中心の教材構成は、原爆被害の多面的な歴史的文脈の理解を十分に促すとは言えません。

【研究課題】

 以上の背景を踏まえ、本研究では次の二点を研究課題として設定します。
研究課題1 
学習者が主体的に「問い」を生成し理解を深めるために有効なストーリーマップのデザイン要素は何か。
研究課題2 
多様な背景をもつ被爆者を題材として扱うことが、平和学習における学習者にどのような影響を与えるのか。

【手法】

 本研究では、被爆者の経験を時系列および空間情報の双方から可視化し、文章・地図・絵画など多層的資料を統合して提示できる点で、ストーリーマップを採用します。また、学習者の対象は、文章・画像・証言・地図といった多層的資料を統合的に読み解く力や、空間的推論を伴う探究的学習が発達段階として比較的安定する高校生とします。具体的には、日本人被爆者の兒玉光雄氏と在日韓国人被爆者の李鍾根氏の人生を題材とし、ArcGIS を用いて被爆前後の移動経路を可視化したストーリーマップを作成します。加えて、広島市立基町高校の生徒が被爆者の証言をもとに描いた原爆の絵や、被爆後の人生史を示す資料を配置し、ストーリー内に「問い」を促す設問を意図的に組み込み、学習者の認知的・情意的反応を喚起する構成とします。この教材を用いて、広島在住の高校生、および被爆地以外に在住する日本人と在日韓国人の高校生を対象にワークショップを実施し、生成された「問い」、感想、アンケート結果を質的に考察します。
兒玉光雄氏ストーリーマップ https://arcg.is/qLLLX2
李鍾根氏ストーリーマップ https://arcg.is/Oy1D00

【考察】

 考察の結果、広島在住の高校生と被爆地以外に在住する高校生との間で、生成される「問い」の内容そのものに大きな差異は見られませんでした。いずれの学習者も、場所に関する問い、被爆の影響に関する問い、歴史的背景に関する問い、多様な立場や背景に関する問いなど、複数の観点から「問い」を生み出していました。一方で、「問い」に至るプロセスには違いが見られました。広島に馴染みのある学習者は、ストーリーマップ上の地図に住み慣れた場所や既知の地名を見出すことを契機として「問い」を深める傾向があったのに対し、そうでない学習者は、ストーリー構成の中に組み込まれた設問、一資料としての地理的情報や移動経路、視覚資料を手がかりとして「問い」を生成していました。また、日本人被爆者と在日韓国人被爆者の人生を併置して扱うことにより、日本人高校生・在日韓国人高校生のいずれにおいても、原爆被害を多様な背景や立場から捉え直そうとする関心が喚起される傾向が確認されました。さらに、理解の深まりに関する5段階評価では、多くの学習者が高い評価を示しており、ストーリーマップが学習者の属性にかかわらず「問い」を誘発し、理解を支える媒介として機能していたことが示唆されました。 

【結論】

 以上から、ストーリーマップの構成要素(地図情報・画像・物語構造・設問の配置)が学習者の探究的な「問い」の生成を促すことに加え、多様な歴史的背景をもつ被爆者を併置して扱うことが、学習者の視点の広がりや「問い」の生成に寄与することが明らかとなりました。総合的に、本研究で開発したストーリーマップ教材は、平和学習において多面的理解と主体的探究を促進する有効な学習教材となり得ることが示唆されました。

【今後の課題】

 本研究の課題としては、学習者が立てた「問い」から、どう解決や行動に結びつけていくのかについては不十分であったといえます。学習者同士が、「問い」を共有し、その答えを自分たちなりに見出していくための対話の場面や、社会的アクションに向けての支援をどのようにしていけばよいかについて考えることが大切です。また、多様な学習者が等しく学習に参加できるようにするための工夫を、操作性や多言語対応などユニバーサルデザインの観点から改善していくことも課題として挙げられます。

【謝辞】

 本研究の実施にあたり、多くの方々のご支援をいただきました。指導教員の渡邉英徳先生には、ストーリーマップの制作をはじめ研究全体にわたり丁寧なご指導を賜りました。研究室のメンバーには、ワークショップの実施などにおいて多くのご協力と励ましをいただきました。また、研究にご協力くださった被爆者ご遺族の方々、ワークショップに参加してくださった高校の先生方と生徒の皆さま、すべての関係者の皆さまにも、心より感謝申し上げます。
今後も本研究を発展させ、多様な学習者に開かれた平和学習の実践へとつなげていきたいと考えています。

【後輩へのメッセージ】

 修士論文は、一つの試練であり、時に苦しみも伴いますが、自分を大きく成長させてくれる絶好の機会でもあります。先人たちが積み上げてきた先行研究の論文や書籍を読み込む時間も貴重で、知的にとても刺激的な時間です。また、研究の過程で人と関わる機会が多いほど、研究はより深みを増していきます。悩んだ時には、指導教員の渡邉先生が親身に相談に乗ってくださり、適切なアドバイスをくださいますし、研究室のメンバーも力になってくれます。ですから、決して一人で抱え込まず、苦しみも喜びも周囲と分かち合いながら研究に取り組んでいってほしいと思います。私も全力で協力したいと思っていますので、ぜひ一緒に頑張りましょう。

【付録】

想いを重ねる記憶美術館 (2025年11月に開催された東大制作展で展示した作品)
ストーリーマップをもとに、そこに配置された絵画に対して感じたことをアーカイブしていく仕掛けとなっています。