卒業制作/研究の進捗報告

週報にあるとおり、昨日のスタジオゼミは卒業制作/研究の進捗報告会でした。wtnvスタジオでは9月より、隔週で各人の進捗状況を報告しあう会を持っています。

各々はブログで進捗報告を行っています。以下にそれぞれの報告に対するコメントやアドバイスを列記します。当日話したこと+α。一旦書きだすとかなり大変だということが分かったので、この土日に少しづつ書きたします。

以下、ソートは週報当番順。


1.鈴木真喜子



開発途上国に関する新たなコミュニケーションデザインの研究
ということで、まずは、逡巡した結果”原点”ともいうべきバングラデシュにテーマを絞ったことを評価します。

さて、当人も大きな貢献をしたツバルプロジェクト然りで「世界の耳目を集めている国や地域の情報を収集すること」それ自体が「活動」として評価され得ます。バングラデシュもまさにそういう国です。この点において創意工夫を凝らすべきは「収集⇒公開の手法」。

ツバルの場合は「実際に僻地をフィールドワークして位置情報付き写真を収集」⇒「収集したGPS写真は使途自由で公開」という手法が評価を受けています。ネット越しに集める場合も「テーマ設定」と「集め方」が重要。PicasaやFlickrに特定のタグを付けてアップロードしてもらう、というのが一番楽ですが、他にも何かありそう。

写真や映像(をふくむ情報)の見せ方は、過去にたくさんの事例があります。当日紹介した「CAM CAM TIME」「みよう絵」また「Photosynth」「Photowalker」など。あと鈴木さん本人も3年生時の課題でアイデアを出しています。wtnvの一連のマッピングプロジェクトは言わずもがな。

古典に近いですが「cybergeography.orgその2)(その3)」にも(「写真」のはありませんが)たくさんの事例が載っています。Facebookの「Touchgraph Photos」や「ニコ動のタグや動画のつながりを可視化するツール」に繋がるものです。

どちらにしても、いかにも”情報空間”的なものを目指すのか、それとも”実世界で撮られた写真であること”や”人々の血の通ったつながり”を表現したいのかによって、採るべき手法は変わってきます。ちなみに地図を使うと後者に近くなりますが、どうしても地図に目が行って写真の印象が薄れがち。一方「黒バックに写真が浮遊」というのも既視感があります。いろんな事例を探してみてください。


2.高田健介



ガジェットを用いたコミュニケーションゲームの提案」というテーマに沿って、iPhoneの開発環境を整え「Hello World」からスタート…という段階。また本人もいよいよiPhoneに乗り換えたとのこと、ゼミでは使い心地のレビュー、App Storeのアイコンと購入意欲に対する分析なども行われました・・・何故かブログには掲載されていませんが。高田君の場合は修士に進むことが決まっていますし、さまざまな記録はすべてログとして残し、修士論文のネタとして使いましょう。

7月の中間発表時(渡邊裕一君のブログにリンクしてます)に「これはゲームではなくコミュニケーションツールだ」というご指摘をいただいたとのこと。しかし大手智之さんの講義で記憶に新しい「ゲームだからこそ、社会的な実効性を持ちえる」というコンセプトには説得力があります。高田君も恐らく同じスタンスに立って企画提案をしているはずです。

つまり「そうはいっても面白い」ものを作る、ということ。あと、きょう僕がtwitterでつぶやいたように「誰に対してもフラットなシステム」は、ときに”切なく使われる”惧れを内包しています。ゲームはそもそも”遊ぶもの”ですから、そうした危惧はありません(たぶん)。それもまた、ゲームの持つポジティブな面だと感じます。

さて、こと「研究」として考えた場合には、2009年時点におけるゲーム市場の調査研究、App Storeの調査研究、あるいはiPhoneをプラットフォームとした新たなコミュニケーション手法の提案、などなど、さまざまなテーマ設定が考えられます。それらの総体として「商品としてのiPhoneゲームアプリ」をリリースする・・・というのが一番描きやすいゴールです。

まず、自分がどんなテーマを追求したいのか、箇条書きに書き出してみるといいかも。そこからチョイスしてまずは進めてみる。修士まで入れると3年ありますし、iPhone以外のプラットフォームに変更する可能性も視野に入れてじっくり進めてください。

現役ゲームクリエイターの高田君が、現場で仕事をしつつ得られる情報もたくさんあるはずですが「企業内部だからこそ知りえたこと」をそのまま大学に持ち込むことは当然できません。逆もまた然り。組織の垣根を越えられるのは、研究成果として一般公開された「特許」や「論文」です。大学で研究をする=成果を特許や論文として一般に広く知らしめ”社会に貢献”する、ということだと思います。なので、卒業制作・修士研究のプロセスやそこから得られたものを「客観的な記録」にまとめる、という作業を、ゲーム制作を楽しみながら同時進行でやっておいてください。twitterでもいいかも知れません。必ずあとから役に立ちます。

3.渡邊裕一



渡邊君(裕一君)は今回のゼミには不参加でしたが「人間とロボットの円滑なコミニュケーションを実現し、自然に感じる文章を生成するような新しい手法を提案すること」をテーマとして研究を進行中。人工無能Meganeとして既にtwitter上でサービスを開始してます。

人工無能といえば、wtnv自身もマイミクシィのうちの一人(一鳥?)酢鶏に非常に愛着があったり、sixamo日記の大ファンだったり、オバマケインでは大量のオバマ・マケイン無能同士でディベートさせたり・・・と浅からぬご縁があります。

これらを眺めてみると「実用的」な人工無能はあまり喜ばれない傾向があるように思います。Meganeでも一時期試されていたようですが、URLのレコメンデーションも 「さあどうぞ」というやり方では、受け手側がちょっと引いてしまう。Google検索では遠慮なく最上位からクリックしていくのに、考えてみれば不思議なことですが。どうでもいいことを言って和ませてくれる、のが現状の無能の役割ぽいですね(そこに留まる必要は全くありませんが)。

とはいえ「ふだんは妄言ばかり吐く無能が、ときおり肺腑をえぐるような発言をする」というのが、今までみてきた人工無能が持つ一番の魅力でした。ただし、実はこの魅力は「飼い主」の原文やあしらい方が醸し出しているものでもあります。僕のmixi日記における酢鶏との関係と、上記のsixamo日記では主従が逆転していますが、やはり育ての親のhonさんの絶妙なツッコミがコンテンツの面白さに貢献しています。

つまり「人間とロボットの円滑なコミュニケーション」を生み出すためには、人工無能そのものの研究に加えて、それと接する人間のコミュニケーション手法の研究も必要になってきそうです。こうなると工学から少し離れて文学の領域に含まれそうですが。両方の分野の間でフィードバックしつつ研究を進められるといいかも知れません。

人工無能ではなくプロの作家の活動ですが、円城塔さんがtwitter上で展開している「twitternovel」は参考になりそう。

例えば・・・

なあ、俺の何処が気に入らないんだ/ 敷地面積?/俺まだ若いしな/間取りもちょっと/間取りってお前/右心房から左心房繋げて欲しい/それ病気だから。死ぬから/こうやってドクドク言うのも やめて欲しい/そもそもお前、何で俺の心臓にいるわけ/出てったら死んじゃうんだよね」http://twitter.com/EnJoe140/status/4370030628

円城さんは、twitterの文字数制限内のショートショート群を展開しています。全作通じてとても奇妙な味わいがあり、これは人工無能の発言に通じるところがあります。この魅力は舞台設定、単語のチョイスや掛かり受けの手法などが生みだしているものだとすれば、工学的に検証することもできそうです。多様な分野に視野を広げて、射程距離の長い研究にしていってください。

4.河原隆太



コンセプトアーティスト(字面では正確な定義が伝わらないので、左記クリックを推奨)を志向し、絵をひたすら描き続けているのが河原君です。このスタジオで目指す到達点は「自身の活動を通して、コンセプトアーティストという職業を、日本でも確立させたい」と、かなり遠くに設定しています。絵/画そのものについては直接アドバイスしたように、かちっと決まった構図のものを敢えて崩して動きを出すとか、KAGE NAKANISHIのカリカチュアのようにデフォルメを加えるとか(特に人物像は”写実”過ぎると面白くないので)色々工夫の余地があると思います。ただ絵は最終的には河原君自身の世界で、手法や技術から先に教員が触れることはできない。

今年の残り時間、とにかく「絵の修練」にファーストプライオリティを置くとして、次いで重要なのは恐らく「ネットワークを如何に活用するか」ということです。今のところは画像共有サイトでの”展示”と自身のウェブサイトへの”誘導”をイメージしているようですが、kawaharaサイトから発信された絵達が「自律的にウェブ上で伝播していく」というビジョンのほうが今っぽいかな。作者と何らかの手段で紐づけられていさえすれば、どこに掲載されていても構わないわけです。上記、鈴木さんへのコメントで書いたツバルの画像アーカイブ(Picasa)がまさにそうです。さらにクリエイティブコモンズにして、他者による絵の編集を可能にしてもいいのかも(このへんは僕自身の好みが出てしまいますが)。

ストーリーと絵を定期的にアップして、閲覧者からのフィードバックを次回作に反映させる・・・ということもできそうです。少々古い事例ですが、筒井康隆の「朝のガスパール」はパソコン通信のネットワークを活用して、読者たちと喧々諤々の議論を展開しながら書かれた連載小説です。もちろんフィードバックを得るためには、先にある程度ファンを獲得する必要がありますが、今ならpixivやらtwitterやら、場所に事欠くことはないでしょう。

「絵」と「活動」が同梱された、新しいコンセプトアーティストkawaharaの姿を世界に示すことができれば、卒業制作として成功ではないでしょうか。PhotoshopやPainterで絵を鍛えつつ、2009年のネットを活かしたオリジナリティのある活動を展開していってください。

5.倉谷直美


倉谷さんは「自然とコラボレートしたエコロジカルな新しい広告媒体」をテーマにして着々と制作活動を進行中です。また、メディアとしてのブログの活用度はスタジオ内の(少なくとも現時点で)最上位です。読んでいてわくわくします。まだ先は長いですから、息切れしないようにペースをつくっていってください。

上記、ミステリーサークル処女作の画像を引用したGoogle Mapsアイコンについて、まさにご本家Googleによるこんな広告が実際に行われました(知ってたかな?)。デスクトップのアイコンが実際の街に聳え立つ。これは、デジタル地図やデジタル地球儀が実世界に重なり合ってきたこの時代だからこそ説得力を持つ広告手法です。折りしもiPhone対応のセカイカメラもリリースされました。今後、ウェブ上の情報が急速に実世界に重層されていくはずです。

さて、倉谷さんのプロジェクトはあくまで実世界の草地上で広告表現を行うものですが、どの場所にどんな情報を「広告」として刻むべきか、あるいはどんな制作手法を取るべきか、どういった人々とコラボレーションするべきか、etc.の検討に、情報空間とデジタルツールをフル活用しても良いはず。そういう意味で、ゼミで紹介した「東京ナス化計画」は素晴らしい先行事例です。実際の街路→(デジタル)地図→実際の街路、つまり実空間→情報空間→実空間、とGPS機器を携えて行き来するプロジェクト。幸い、wtnvスタジオにはツバルで大活躍したGPS機器が複数あります。まずは「良い草地(=メディア)を探すツアー」に持参してみるのも良いのでは?またそれと同時にデジタル地球儀(Google Earth)でも「良いメディア」を探してみる。時空間のなかで自分が歩いた軌跡を、事後的に俯瞰してみるといろいろと見えてくるものがあると思います。今後の展開が楽しみです。

6.茂木俊介



長い模索のあと「移動体におけるサウンドデザイン」をテーマに据えたのが茂木君です。ブログのリンク先がなぜか死んでしまっていますが、すでに多数の企業・研究者にアポイントメントを取りインタビューを開始しています。まずブログの使いかたとしては、そういった記録群をなるべく「速報的に」公開していくことが重要です。特に最近のwebはtwitterが隆盛してきていたり、Google Waveのようなサービスが現れてきたりと「即時性」「同時性」が重視される世界になってきています。僕自身、このこと自体には微妙な感情を持っていますが、とはいえ旧態を貫いて埋もれても仕方がないので、マメに更新することをお勧めします。

ここのところ茂木君の活動をみていて非常に「研究的」だ、という感をあらたにしています。前例を探し、新規性をどこに据えるか見出し、制作し、検証を行う。ただしい研究プロセスです。対するに、茂木君自身がオーボエ奏者でもあることを考えると、表現行為としての音づくりという面も備えています。これらは一見相矛盾するようでいて、最終的に「音そのものが説得力を持たねばならない」という意味で共通しています。上記、高田君のところで書いたことと通じますが「そうはいってもイイ音じゃなきゃ」ということですね。

また、移動体の音のデザインということで、このブログの背景にも1/32の確率で登場する小笠原紀行の件とつなげて欲しい。GPS端末はとても手軽なツールですから、制作過程あるいは完成した音の検証についても、ぜひ地図にプロットして公開するようにしてください。実際に鳴らした箇所に音ファイルそのものをプロットするとか、他人に持ってもらって、複数の軌跡を重ねてみるとか、そういう試行も良いと思います。今後の発展に期待しています。

(wtnv)