みなさんこんにちは!博士後期課程の片山です。この投稿ではプリンストン大学における渡邉研ワークショップについてご報告します。
2023年3月25日〜4/3にかけて,アメリカ合衆国ニュージャージー州のプリンストン大学(Princeton University)を訪問し,デジタルアーカイブを活用したワークショップを行いました。
渡邉ゼミメンバーの集合写真
ワークショップの背景
東京大学はプリンストン大学と戦略的パートナーシップを結んでおり,その一環として今回のワークショップが開催されました。
ワークショップの概要
ワークショップは下記の内容で実施されました。
- 厄災のデジタルアーカイブの紹介(渡邉英徳教授)
- デジタルアーカイブを用いた実践例の紹介
-「地下鉄サリン事件デジタルアーカイブ」
(学際情報学府 修士課程 福井桃子)
-「デジタルアーカイブを用いた『新しい本』」
(前期教養学部 冨田萌衣)
-「デジタル・アーカイブと私」
(ミドルベリー国際大学院 修士課程 西山心)
-「被爆伝承者講話と被爆証言デジタルアーカイブの学習効果の比較実験」
(情報学環学際情報学府 博士後期課程 片山実咲) - グループディスカッション
- Re:Earthレクチャー(株式会社Eukarya CDO 小宮慎之介)
厄災のデジタルアーカイブの紹介
ワークショップの冒頭では,渡邉先生から以下4つの厄災のデジタルアーカイブが紹介されました。
ノーコードが全盛となる前に作成された①「ヒロシマ・アーカイブ」と②「忘れない〜震災犠牲者の行動記録」,ノーコードやオープンソースが主流になって作られた③「ウクライナ衛星画像マップ」,④「トルコ・シリア地震 衛星画像マップ」です。
全てのアーカイブに共通するのが,「コミュニティ」の形成です。フローしていく情報を再配置する過程で関係者のコミュニケーションが創発し,「記憶」のコミュニティが形成されていくという現象です。技術の発達とともに,よりタイムリーに,誰でも簡単にコミュニティ形成に携わることができるようになっているという報告がなされました。
グループディスカッションの様子
グループディスカッションの様子
アーカイブの活用事例が発表された後,5-6名ごとにグループを作ってグループディスカッションを行いました。テーマは①ユースケースを聞いての気づき,②どのようなアーカイブを作りたいか?です。
実際に,下記のような声が聞かれました。
- デジタルアーカイブと聞くと,パブリックデータの可視化など「ハード」な可視化を想定していたが,個人やコミュニティの記憶といった「ソフト」なストーリーテリングができることが意外だった
- コミュニティビルディングまで含めたデザインの必要性を感じた
- どのような情報をRe:Earth上で統合できるかのイメージがつくと, アーカイブしたいユースケースアイディアが浮かびやすくなった
学生プレゼンターからの報告
さて,実際にワークショップに参加した渡邉研メンバーはどのようなことを感じたのでしょうか。現地でプレゼンテーションを行なった4名の声を聞いてみましょう。以下では,プリンストン大を訪問した4名のワークショップ報告を掲載します。
「地下鉄サリン事件デジタルアーカイブ」福井桃子
学際情報学府 社会情報学コース修士1年の福井桃子です。社会人学生で、鉄道乗務員として東日本旅客鉄道株式会社に在籍しています。
私は現在、Re:Earthを用いて地下鉄サリン事件についてのデジタルアーカイブを制作しています。このプロジェクトは、2022年度に情報学環教育部で開講された渡邉先生による情報社会論実験実習Vでの制作課題としてスタートしたものです。制作課題のテーマを検討していた時期に、情報学環教育部の他の授業にて地下鉄サリン事件の被害者の会で代表世話人をされている高橋シズヱさんと話をする機会があり、地下鉄サリン事件を制作課題のテーマにすることを決めました。授業期間が終了した今でも、高橋シズヱさんと連絡を取り合いながら、渡邉先生のご指導のもと制作を進めています。
今回のワークショップでは、Re:Earthの活用事例として、地下鉄サリン事件のデジタルアーカイブを紹介しました。また、今回のワークショップのテーマが都市の安全ということで、地下鉄サリン事件の概要及び同事件がもたらした地下鉄の安全対策の変化についても説明しました。
現代では、半ば常識だとも考えられる「不審物を見かけても近づかない、触らない」といった取り扱いは、同事件での教訓を踏まえて確立されたものであるということを強調しました。
拙い発表ではありましたが、プリンストン大学の学生たちが真剣な眼差しをこちらに向けて聞いてくれていたことを今でもよく覚えています。
プレゼン後のディスカッションでは、プリンストン大学の学生たちは、それぞれのデジタルアーカイブ作品のアイディアについて教えてくれました。特に印象的だったのは、ハワイの景観の変化についてデジタルアーカイブで表現したいと語っていたハワイ出身の学生です。また、デジタルアーカイブを作成するにあたり、データの集め方に悩んだ学生からは、自身のプロジェクトでのデータの集め方について質問を受けました。
今回のワークショップは、自身のプロジェクトの位置づけについて再考するきっかけになりました。このプロジェクトがもたらす社会的価値について向き合いながら、引き続き被害者の会の方々と協力し、制作を進めて参ります。
東京大学前期教養学部文科三類二年の冨田萌衣と申します。 昨年度私は渡邉英徳教授が担当されていた東京大学教養学部(前期過程)の総合科目「情報メディア基礎論」にて「新しい本」についての考察をおこない、それを踏まえたかたちでRe:Earth を用いて実際に「新しい本」を制作する授業課題に取り組みました。そこで出来上がった本が「Blackbird 」です。 今回のワークショップでは、Re:Earth を共通項として、この制作物をめぐったプレゼンテーションを行うという経験をさせていただきました。
なにを伝えるか
プリンストン大学の学生さんたちへ向けてプレゼンテーションをするにあたってまず考えたのが彼らに「なにを伝えるか」という点でした。今回のワークショップのテーマは「都市のセキュリティ」であったため、制作物の内容という点では、私の制作物はプリンストン大学の学生さんたちの関心と結びつけにくいだろうと考え、そのなかで私が伝えることのできるものとは一体何であるかを探すところから今回の私の問いは始まりました。
そこで注目したのが「形式」です。そのツールを用いてどのような表現形態をとることができるのか、どのように形式を工夫すれば受け手(観客、読み手)の興味を惹きつけることができるのか、といった問いは「新しい本」というテーマにかぎらず、あらゆる題材に応用可能なものであると考え、形式面について学生の皆さんに参考になるようなプレゼンテーションを行うことを目標としました。
プレゼンテーションで説明した内容を以下にまとめます。具体的な流れとしては、新しい本「Blackbird」を例にとり、この作品がどのようにして作られていったのかを説明することで、Re:Earth を用いた制作をする際の「形式」についてひとつのヒントのようなものを提示することを心がけていました。
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「新しい本」とはなにか
授業課題に取り組むにあたって一番初めに考える必要があったのは「新しい本」とは一体どのようなものかということでした。そこでまず「本」について考えるとき、本の書き手が誰であるかを考えることは無視できない点であり、誰が書くのか(物語の場合であれば誰がストーリーを創作するのか)について考察し、かつ暫定的にでも「書き手」が誰であるかを定める必要性があるだろうと考えました。
「情報メディア基礎論」の授業では「新しい本」の考察にあたって有効な手法として、現状から演繹するのではなく、起こりうる未来像から逆算して考える「バックキャスティング」的手法を紹介いただいたため、私はひとまず実験的に人工知能・AIに物語を書かせ、そこからどのような本が生まれうるのかということを考え始めるというやり方をとることを決定しました。
「新しい本」をどのように表現するか
AIに書き進めてもらった物語を材料に、Re:Earthというひとつの “執筆” あるいは “編集” ツールを用いて「新しい本」を作るとき、地図のもつ特性を活かしつつ、いかにして物語を再構成し、現状よりも作り手のもとを離れて読み手に近づいた本を制作することができるか、ということをまず考えていました。その際とくに3Dマップという点において意識していたのは、「動き」をつけるということです。ストーリーテリング機能を用いて単に地点どうしをつなげるだけでは読み手を没入させるような本をつくることは難しいのではないかと考え、ページの切り替わりによるカメラワークの変化からギミックをつけたり、配置する3Dモデルにアニメーションをつけたりしました。
このように物語の再構成の段階で「動き」はこの「Blackbird」のなかでひとつ「表現」という点で重要な要素であり、その要素についてRe:Earthでできる最大限を模索することで表現の幅は大いに広がるのだということを「新しい本」の制作を通じて学ぶことができたのでした。
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プレゼンテーション、wsを終えて
ワークショップ全体としては内容面に力点をおいたものが多かったところ、形式面をとくに強調してプレゼンテーションができたところは自分のもともと意図していたところが達成でき、ワークショップに少し違う視点を持ち込めたのではないかと思っています。
Re:Earthは使いようによってはさまざまな表現が可能となるということを、実際に動かすことで説明でき、それを学生のみなさんが興味を持って丁寧に聞いてくださったことは印象的でした。
反省点としては、学生のみなさんにとって制作におけるプラクティカルなものとして受け止めてもらうことのできるプレゼンテーション、という性格が想定より薄かったというところです。今回は「新しい本」の私の制作過程を語り直すことでまた異なる制作へのヒントを摘み取ってもらうことを想定しており、私の制作物はこれから作られていくさまざまなプロジェクトへの単なる参考でしかないつもりでしたが、その後の学生のみなさんとのディスカッションなどの場面を通じて「これがいち提案である」という性格をうまく伝えることができていなかったと感じました。これは私の広い意味での「人に伝える力」不足に拠るところが大きいと考えています。語学力・言葉の選択力・身体で語る力、などこれからの大学生活を通じて鍛えていくことの必要性を強く感じました。
また、個人的に現在興味があり、これからやってみたいこととしては、自分で制作したものを今回プレゼンテーションしたような「制作者」という観点からみていくことに加えて、「鑑賞者」という観点から捉えなおしてみるということです。文学作品として「Blackbird」のようなRe:Earthを使って作られた本を捉え、多義的な解釈が可能な中からひとつを検討する作業を通して、「新しい本」を研究対象としての文脈におとしこむような試みができれば面白いのではないかと考えています。
最後になりますが、この度のプリンストン大学でのワークショップと、それに関連したさまざまな経験を通じて、私が大学生活で大切にしている「種を集める」ようなことの一環ができたのではないかと感じています。いますぐに花開くことはなくとも、大切にとっておけばいつかどこかで自分の学問やさまざまな活動においてそれぞれが密接に絡み合って、自分にしかない花となって実を結ぶような経験の数々を、今回の滞在ではさせていただきました。おわりに、そんな経験を私にくださった渡邉英徳教授をはじめとするたくさんの方々に感謝とお礼を申し上げます。
「デジタル・アーカイブと私」西山心
米国カリフォルニア州モントレーにある、ミドルベリー国際大学院修士課程前期2年の西山心と申します。この度は大変貴重な機会を頂き、誠にありがとうございます。渡邉英徳教授を始め、関係者の皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。
27日のワークショップでは、「デジタル・アーカイブと私」をテーマに5分間のプレゼンテーションの時間を頂きました。私は、高校時代から現在に至るまでの「自身とデジタル・アーカイブの関係性の変遷」に焦点を当てました。福岡出身の私は、小学6年の修学旅行で長崎原爆資料館を訪れたことから、安全保障問題と平和教育に関心を抱くようになりました。中高5年間を長崎で過ごし、高2の秋に渡邉教授(当時ハーバード大学客員研究員) がコーディネートされた“日米高校生平和会議”に参加する機会を頂きました。会議を通してデジタル・アーカイブの持つ力に魅了され、どうにかこの技術を自分の生活に落とし込めないかと考える日々が始まりました。
当時はユーザーだった私が、大学時代にRe:Earthと出会ったことでデジタル・アーカイブの作り手になれたことは、大きなフェーズチェンジでもありました。現在米国大学院では、Re:Earthを活用し、デジタルアースを日記としてカジュアルに活用し、各国の多様な平和教育の形をアーカイブするなど、記憶とこれからの研究に紐づけるよう進めていることを発表致しました。
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ワークショップ全体の感想
“visualization”という1つの軸から、デジタルアース、紙地図、3Dプリンターと、3つの異なる手法による情報の可視化を体感することができました。記憶をジオグラフィーと紐づけて記録保存するデジタルアース、アナログに立ち返りじっくり地図を読み解く、Data physicalizationである3Dプリンターが秘める可能性など、その斬新なアイディアと表現方法が、私の中に新しい風を吹かせてくれました。また“都市セキュリティ”は、安全保障を学ぶ身として大変関心深い内容でした。米国の原爆開発に加担した大学としての一面も持つプリンストン大学の、Militarizationの講義を受ける学部生と、活発的で印象に残る意見交換もできました。今回得た知見を、自分の中で消化しながらこれからも励んで参ります。改めまして、この度は参加の機会を頂き、誠にありがとうございました。
「被爆伝承者講話と被爆証言デジタルアーカイブの学習効果の比較研究」片山実咲
本ブログを執筆しております,情報学環学際情報学府博士後期課程1年の片山実咲です。私は学部・修士と弊学教育学研究科にて教育心理学の視点から広島原爆を題材にした平和教育,ユースの核兵器廃絶に向けた活動について研究をしていました。プリンストン大学ではこれまで私が関わってきた原爆記憶継承や核兵器問題に関わる活動の概要と,修士研究の一部として行った「被爆伝承者講話と被爆証言デジタルアーカイブの学習効果の比較実験」について発表しました。
これまで「平和教育」と呼ばれてきた広島・長崎原爆の実相についての学習は,戦争・被爆体験講話の聴講など,戦争・被爆当事者との直接的なコミュニケーションに頼って行われることが多くありました。しかし,昨今の戦争・被爆体験者の減少に伴い,被爆体験を伝える手段がデジタル領域に移りつつあります。その一例に被爆証言デジタルアーカイブである「ヒロシマ・アーカイブ」があります。避けられない時代の変化の中で,原爆について学ぶための媒体が変化することで,「平和」という概念の形成にどのような差異が生まれるのか。そのような問いに答えるために実施した「被爆体験伝承者」と「ヒロシマ・アーカイブ」を用いた授業の効果を比較した研究を発表しました。
当研究では生徒個人個人が授業を通して形成する,「平和」の概念に着目し,それらが授業前から授業後にかけてどのように変化したかを質的・量的に検討しています。研究の結論として,アーカイブの教育利用には様々な課題が残されていることを報告しました。発表を聞いてくださったプリンストン大学の学生さんからは,「デジタルアーカイブを教育に活用するという事例を想定していなかった」,「セキュリティ(安全保障)という側面で,それらの仕組みを支えるであろう市民の『心』は研究対象として外れがちだが,実は大切な側面かもしれない」などと感想を述べてくださいました。今回の学術交流のテーマである「都市のセキュリティ」において,一見距離のある学問領域でもある教育学,あるいは心理学がどのように貢献できるのかを再考するきっかけになりました。
今回のワークショップを通じて,自分の研究が社会の"Peace"にどのように貢献しうるかを改めて問い直すことができました。学際的な交流の中で,たくさんのフィードバックを受け,意味のある研究活動を行いたいと強く感じました。
最後に,このプロジェクトに関わってくださったすべての方に心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
To be continued...
この学術協定は,東京大学のプリンストン大学訪問だけで終わりではありません!この8月にプリンストン大学の教授と学生さんが東京にいらっしゃいます。また,今回のワークショップを通じて新たな繋がりがプロジェクトとして実を結びそうです。今回のプリンストン大学訪問の旅で蒔いた「種」がどのような花を咲かせるのでしょうか。学際研究の旅はまだまだ続きます。今後に乞うご期待です!
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参加メンバー全員での懇親会の様子
文責:片山実咲